時の流れは早いもので、ドイツでのワールドカップ(“Weltmeisterschaft” 以下WM)が閉幕して1ヶ月が過ぎた。
新シーズンをスタートさせているリーグもあれば、中断から開けたリーグもあり、
開幕を控えている国のリーグも選手の移籍等を含め、既に始動している。
サッカー界ってのはホントに休みがないね〜(笑) 嬉しい悲鳴だけど、やってる選手スタッフは大変だろ〜ね。
毎年
チャンピオンズ・リーグ決勝旅行から帰国すると、色んな事にやる気や意欲を下げてしまう俺とは大違い(笑)
まぁ、そんなマイペースな適当路線で、今だからWMを振り返ってみるのもいい。(ブログの即時性を完全無視。笑)
逆にしばらく経ってのあれこれは、ただの熱だけではなく、しっかり自分の中で消化して、印象に残っている事柄だと思うので。
ポルトガルvsメキシコで、ポルトガルGKリカルドが味方のゴール時に披露した歓喜の側転が全くセクシーじゃなかったとか、
オランダvsコートジボワールで、コートジボワール監督アンリ・ミシェルがベンチの屋根を壊してすぐに元通りに直したとか、
フランスvsスペインで、ジズーがゴール決めてスタンドへガッツポースした際の周辺カメラマンは日本人ばっかりだったとか、
そ〜ゆ〜無駄で要らぬ突っ込み系の印象も交えながら、例によってインタビュアーJT氏との対談シリーズにて、
イケシャ〜シャ〜と繰り広げてみる。
[WorldCup Actually vol.10 '06ドイツ編(後編)] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/08/11(金) 01:19:21|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
4年に1度の世界最大の祭典が幕を下ろした。
世間ではW杯がつい半月ほど前まで行われていたという空気が全くない状態で。
既に再開したJリーグに気持ちが移っているから、という理由ではないのは確かなようだ(苦笑)
日本人って面白い。
日本って不思議。
レベルが低いからという理由で世界のサッカーにしか興味がない人もいれば、
知ったように日本はまだW杯で勝てないだろ?とJリーグに関心を持たないのに達観する人、
常日頃は求めていないのに、本番だけ過剰な期待をし、結果がでないとボロクソに叩く人。
悔しいかな、これが日本サッカーの現状で、
悲しいかな、「俺は違う、一緒にするな!」とは断言できない日本人のメンタリティ・・・。
世界で繰り広げられるレベルの高い戦いを日本でも観たいという人が増えるだけに留まらず、
レベルを上げるのは自分なんだと、Jリーグの会場へ足を運ぶ人が増えることを切に願う今日この頃・・・。
(もっとも興味が無いものに関心を持てというのは、あまりにも乱暴で押し付けがましい事だけど。
ただW杯だけがサッカーじゃないし、欧州でも低レベルな試合は存在するし、日本にもプロリーグがある・・・)
俺に言われても何か役立つほど権力や能力を持ち合わせていないのでちと困るけど、
サッカー好きな友人からあまりサッカーに関心がなかった友人まで、
今大会の日本代表について、色々と思いを綴った私的メールが多くきたのは何だか嬉しかった。
皆さん、是非ともJのスタジアムへ!
さて、例によってW杯後にも 『
TATSUの愉快な仲間たち』 に簡易アンケート調査を実施してみた。
決勝戦の翌日にアンケート・メールを送り、5日以内にはほぼ回答をもらったけれど、
書く気力が沸いてこない日々を送っていたので、こんな時期にUPしたってのは内緒(笑)
[WorldCup Actually vol.9 '06ドイツ編(大会後アンケートやら)] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/07/26(水) 15:00:25|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
我が
ユベントスへの移籍が決まっていた96年、夏 ―。
ジネディーヌ・ジダンを初めて観たのは、そのイングランドでのEURO96だった。
今日に至るまでジズーは、様々な至福のときを提供してくれた。
フランス代表で頂点を極め、
ユベントスにも偉大なる功績を残してくれた。
01年にマドリーへ移籍してしまったけれど、
グラスゴーで決めてみせた02年CL決勝ウイニング・ボレーシュートは
俺が今まで生で観てきたゴールの中で、最も偉大で究極に素晴らしいゴールだった。
あの時から10年 ―。
一度は代表から退いたものの、待望論と己の挑戦の為に復帰したジズー。
フランス代表のユニフォームだけではなく、スパイクをも脱ぐ決心をして臨んだ今回のWMだった。
残念ながら序盤のフランス代表も、ジズー本人も、状態がいいとは言えなかった。
苛立ちを抱え、警告を重ね、僅か2試合でWMから去る可能性が帯びたグループリーグ。
韓国戦で交代させられた後、腹いせにスタジアム内のドアに蹴り入れて変形させちゃう事も・・・。
(「最も偉大な選手の一人に傷つけられたドア」として、記念にそのまま保存しておくそうな。)
仲間の奮闘があり、再びピッチに立つことが許されたジズー。
98年W杯で出場停止処分を食らったが、最終的に自らの2ゴールで恩返し。
今回もまた、仲間に助けられたジズーは停止明けのスペイン戦から借りを返し始め、フランスの快進撃が始まった。
次第に結束が高まっていき、ブラジルを食い、ポルトガルを沈め、引退へ向けて最高にして最大の、
全ての条件が揃ったフィナーレを迎えた ―。
神が再び舞い降りた。やっぱりジズーのための大会なのか!?
決勝戦という舞台でありながら、臆することなく大胆なキックでPKを決めてしまったジズー。
栄光と挫折を味わった男に、サッカーの神は再び彼を頂点へと誘っているかのようだった。

しかし ―。
1発はブッフォンのファインセーブに遭い、もう1発は
ラフプレーと野次りだけは超一流なマテラッツィへの非紳士的行為・・・。
かつてフランスを世界の頂点へ導いたの2発のヘッドは、
8年後の同じ舞台で全く別のカタチとなって出てしまった。
果たしてジズーの最後は、想像もしてなかった呆気ない幕切れとなった・・・。
偉大な選手のピッチを去る背中は、
どこか寂しく、決して大きくは見えなかった ―。
どんな思いでピッチを後にしたのだろう・・・。
神の最後を見届けに来たであろう大観衆の中で、退場していくジダンの脳裏に去来したものは・・・。
ただ言える事は、一人のサッカー選手としてあの場を去っていったという事だ。
彼は神でも宇宙人でもなく、生身の人間だった。
もちろん、だからといってジズーのこれまでの功績が色褪せるものではない。
確かに有名な頭突き退場(2000だっけ?CLでのハンブルガーSV戦)以外でも、98−99のインテル戦とか、
時々キレて退場してしまう事は何度かあった。そのほとんどが相手のプレーに対する報復であったが・・・。
でも、それら全てを含め、96年のあの日から幾多の美しいプレーで俺を魅了し続けてくれた。
退場によるサッカー人生の閉幕 ―。
しかしこれもまた、偉大な選手であればこその人生なのだ。
C'est la vie.....
Merci, Zizou ! Allez les Bleus !! [最後の勇姿 〜96年組へのオマージュ〜 vol.3] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/07/10(月) 22:41:45|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
ハッキリ言ってしまうと、俺はフィーゴという選手が好きではなかった。
ポルトガルのスポルティング・リスボンで頭角を現し、目を付けたユーベからのオファーに仮契約を済ませた後、
より高値でオファーがあったパルマとも仮契約という二重契約したから、というワケじゃない(笑)
(リスボンとも契約中だったから三重契約か!?笑)
その件でイタリア国内で2年間のプレー禁止を言い渡され、格安な移籍金でバルセロナへ行き、
結果的にスーパースターにまで登りつめたやっかみから、というワケでもない(笑)
間違っても、あの濃ゆい顔が生理的に受け付けない、というワケでもない(笑)
バルサでプレーした後、大騒動になったマドリーへの移籍劇を経て、バロンドール受賞者にもなったフィーゴ。
世間的には今でもバルセロナでのフィーゴこそ全盛だったという評価が大半をしめているのだが・・・。
(確か移籍の年に受賞した“Ballon d'Or (黄金の球)”なので、バルサでの功績が多いに含まれてると思う。)
俺は、このバルセロナでのフィーゴのプレーこそが好きではなかった。
もちろん要所で凄いプレーヤーであるのは間違いないし、バルサな人々に多くの喜びを提供したのは事実だろう。
しかしウイング・ポジションで華麗な技を披露する反面、テクニックに溺れて自己満足に走る傾向があった。
あくまで俺の視点だけれど、ゴール前で絶好のポジショニングでセンタリングを待っている選手をよそに、
シンプルにゴール前へクロスを供給すればチャンスなのに、サイドで何度も切り返しを行い、
自らセンタリングするタイミングを失い、ゴール前の選手の得点機を奪っていた。
バルサのFWがフィーゴの切り返しの度に、何度もポジション修正を強いられ、
挙句には絶好機を失った事に対して嘆いていた表情が今でも思い出される。
あぁ、フィーゴっていう選手は金儲けのために手段を選ばないガメツイ奴なのかな〜、
プレーにもチームの勝利より自分さえ良ければっていう面が出ちゃってるフシがあるよな〜、と。
ゴールに直結するストライカーのプレーならまだしも、チャンスメーカー的な選手がそれだとな〜、と。
ただ、ポルトガル代表では違った。
ポルトガル代表のフィーゴを初めて観たのはEURO96、イングランド大会。
91年ワールドユースを制し、ルイ・コスタ、パウロ・ソウザ、フェルナンド・コウト、ジョアン・ピント、
セルジオ・コンセイソンたちと共にゴールデン・エイジと言われた若いメンバーの中に彼はいた。
そこでのフィーゴはサイドに張り付いたプレーだけではなく、バイタルエリアを自由に動き回っていた。
単純なスピード勝負ではなく、憎らしい駆け引きや相手の呼吸すら計算に入れるような独特の間合いで
敵にタイミングをつかませず、守備を無力化させてしまうドリブルを適材適所で披露していた。
クラブでのフィーゴが自分のキャリアとお金の為のプレーヤーであるならば、
ポルトガルでのフィーゴは国の誇りと仲間の為のプレーヤーとして戦っていた。
(ある意味、真のプロフェッショナルなのかもしれないが・・・)
あの時から10年 ―。
クラブシーンでは、国内タイトル、CL、個人賞など考えうる全てのタイトルを手にしたフィーゴは、
しかし、ナショナルチームに至っては、トロフィーケースに大きなスペースが存在していた。
かつてゴールデンエイジと呼ばれた彼の仲間たちは代表のユニフォームを脱ぎ、あるものは既にスパイクを脱いだ。
フィーゴ自身も一時期代表のユニフォームを脱いだ。(本人は一時的な疲れから休んだと言っているみたいだけど。)
でも、彼は戻ってきた。
所属クラブのレアル・マドリーで出場機会が減り、欲求の高まりを覚えたというのもあると思うが、
フェリポンからの復帰要請もあり、やり残した事を全うするためナショナルチームのフィーゴとして帰ってきた。
そして前回の韓日W杯で屈辱的なグループリーグ敗退に涙した彼は、W杯のピッチへ忘れ物を取りに来た。
才能ある若き新しい仲間と共に・・・。
俺的にはチームの中心は明らかに凸になるんだけど、ポルトガル史上最も経験のあるフィーゴは、
闘志溢れる精神性や自分の良さを出すと同時に献身的なプレーにと、その存在感を余すところなく発揮した。
そして今を懸命に尽くすと共に、次の未来ある世代にも何かを残そうという気持ちが感じられた。
仲間を信頼し、自分の活躍より彼らの良さを引き出そうとするプレーをより心掛けていたような気がする。
かつてなら無理にでも勝負に行っていたような場面でも、今大会ではパスを多く選択していた印象を受ける。
決して年齢的・肉体的な衰えから来る逃げのパスではない。
アンゴラ戦のアシストのように自分でガンガン行けるところは、しっかりと証明しているのだから。
上手く言えないけれど、若き仲間の成長を促し、楽しんでいるような雰囲気すら感じられた。
コンディションに問題を抱えていたのかもしれないけれど、EURO2004の時と違い、途中交代を受け入れていたしね。
そして昔なら率先して蹴っていたであろうPK、自ら得たPKであればボールを奪ってでも自分で蹴っていたはずのPKを、
後継者と言われるクリスチアーノ・ロナウドに託した。(譲るシーンを確認できなかったので憶測だけど・・・)

準決勝を終え、かつての同僚にして同い年、
節目節目で共に戦ってきたジダンと健闘を称え合い、
戦いの結晶である汗が染み込んだユニフォームを交換したフィーゴ。
06WM、ポルトガルの世界制覇の夢が、
決勝戦進出を前にして絶たれた瞬間だった。
母国の英雄・黒豹エウゼビオが成し遂げた
ベスト4を越える夢が叶わなかったと同時に、
白豹ルイス・フィリペ・マデイラ・カエイロ・フィーゴの
大航海時代は終わりを告げた ―。
しかし、そこには4年前に流したものと同じ涙はなかった。
ひょっとしたらフィーゴは若い世代に、3位決定戦の出場を譲るんじゃないかな? (え〜っと違うかな??笑)
EURO96から既にチームの中心的存在だったけれど、
この10年の間に凄い選手から偉大な選手へと上り詰めたフィーゴ。
その間にポルトガルは細かいパスを繋ぎながら、サイドでガンガンにドリブルを仕掛けるサッカーを確立した。
そして ―。
フィーゴが築いたスタイルを、フィーゴがポルトガルに残していった多くの偉大なものを、
彼のプレーに憧れて育った若者たちがしっかりと受け継いでいく事だろう・・・。
Aqui...Onde a terra se acaba e o mar comeca.....
Obrigado, Figo! Vai Vai, Portuguesa!!
- 2006/07/06(木) 22:50:18|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2
麗しきウルチカ・パス ―。
ユベントスと
FC東京は不変的に、そして日本代表が理屈抜きで応援しているチームであるならば、
最も俺好みのサッカーとして好感を持っているのが96年からのチェコである。
当ブログでは何度もチェコのサッカーに対する思い入れを述べてきているけれど、
日本人の俺として他のナショナル・チームをこれほど長く支持しているのは珍しい。
チェコスロバキアとして出場した90年のイタリアW杯、スクラビーとハシェクを擁していた頃は
小刻みなショートパスを繋ぐという印象はあまりなかった(覚えてないだけ?笑)。
分裂後のチェコがイングランドでのEURO96に出場した時は、とにかく恐ろしく引き込まれた。
当時は今よりも深い位置でボールを奪取するカウンター主体のパスサッカーだったけれど。
あの時から10年 ―。
より高い位置からボール奪取し、ポゼッションとしてのパスサッカーも身に付けたチェコは、
98年のW杯で予選落ち、02年のW杯でもプレーオフで敗退し、06WMでようやく世界の舞台に立った。
10年前は長髪だったポポルスキーは短髪で、逆にネドベドは長い金髪をなびかせてドイツのピッチを走り回った。
しかし、無念にもグループリーグ突破はならなかった。
あの時と容姿が変わらないスミチェルは直前の怪我で出場を断念し、EURO2004の得点王バロシュは怪我で出遅れ、
エースのコラーは怪我から復帰した矢先の怪我で早々にピッチを後にした・・・。
ヤンクロフスキー、ウィファルシ、天才ロシツキー、グリゲラ、ツェフ、プラシル、ロゼーナル、ポラクなど、
才能ある選手たちが台頭し、次々に融合したけれど、最も輝きを放っていたのは02〜04年だったのかな?
ガラセクのボール奪取能力と展開力、ポポルスキーのスピードとスタミナに衰えを感じたのも事実。
不運が重なったとはいえ、残念な事にチェコは一つの時代のピークを過ぎていたね。
初戦のUSA戦は素晴らしかった。
前線から積極的にパスコースを限定し、激しいプレスで攻撃の為の守備を能動的に実戦し、
奪ったあとは縦に速く小刻みなパスを展開し、つまっても逆サイドや前線に大きく展開。
コラーの強さ、ロシツキーの思いっきりの良さ、らしいパス交換からの3点目など、ゴールも美しかった。
組織力に優れ、近年メキメキと力を上げてきているUSA相手に、これぞチェコ!というサッカーを披露してくれた。
続くガーナ戦では序盤の失点が重くのしかかった。
選手層は決して厚くはなく、しかし豊富な運動量と確かな技術が必要とされるチェコの確立された戦術。
怪我人続出でそれを実行するには万全ではない状態の上に、身体能力に長けたガーナに先制パンチを食らい、
一層苦しくなった。そして更には守備の要ウィファルシの退場・・・
PKによる追加失点を免れ、ツェフのファインセーブ連発で耐えるものの、反撃に拍車がかからず、
終盤ガーナに2点目を許してしまった。もちろんガーナは素晴らしかった。
今大会のアフリカ旋風はガーナと読んでいたけれど、予想以上にチェコにらしさを出させなかった。
この日のチェコの闘志はとても心に響くものがあったが、チーム状態として限界を感じたのも確かだった。
引き分けでもOKで相手が劣勢にある時のイタリアは堅く強い。
まぁ強いと言ってしまうと御幣があるけれど、とにかく負けない試合運びには定評がある。
そのイタリア相手にチェコは先制点を決められ、またもや退場者を出し、万事休す。
チェコとして臨んだ始めてのWMで、念願の決勝トーナメント進出の道を絶たれた ―。
チェコの優勝を願っていたワケではないけれど、「プラハの細い石畳路地でも通せる緻密なパス」という意味の
ウルチカ(細道)と呼ばれる優雅で爽快なパス・サッカーをもう少し長く観ていたかった・・・。
ハッキリとした様々な敗因があるにせよ、ここで消えるにはあまりにも残念な結果だった。

しかし、10年前にこの日と同じ相手にゴールを決め、勝利をもぎ取った男は、
最初で最後のWMを終えて笑顔だった。
満面の笑みとは意味合いが違う、何か悟ったような、
力いっぱいやり切ったという類の笑顔だった。
いつもは白黒仲間として共に戦っているこの日の敵たちと抱擁を交わし、
元白黒のリッピやチロ・フェラーラとも健闘を称えあっているシーンでは、
とてつもなく微笑ましく、互いを認め合うリスペクトの念も感じた。
ユーベ支援者として堪らなく熱いものがこみ上げてきてしまった。
俺はチェコのウルチカ・パス・サッカーに魅せられた。
そして一時チームを離れていたとはいえ、その中心にはネドベドがいた。
俺が好感を持ったチェコのサッカーは、ネドベドと共にあったのかもしれない・・・。
例えネドベドがチェコ代表を引退しても、ウルチカは消え失せないだろう。
若い世代も欧州の舞台で活躍しているし、これからも俺を楽しませてくれるに違いない。
けれども、この06WMで一つの時代が幕を閉じた事は確かだ・・・。
EURO96から観続けてきたチェコのサッカー、これまでチームを牽引してきたパベル・ネドベド。
この日のチェコと彼の姿に、俺は涙する・・・。
Cas utika jako voda.....
Dekuju, Pavel! Cesi, do toho!!
- 2006/06/27(火) 21:29:11|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
2006年、ドイツでのワールドカップ(“
Weltmeisterschaft” 以下WM)が開幕して早くも2週間以上が過ぎた。
新興勢力にとっては自国のアピールと己の力がどこまで通じるのか、持てる力をフルにぶつけていく。
WM常連国や強豪国にとっては、まず決勝トーナメントへ進む為に勝ち点を稼ぎつつ、コンディション調整を踏まえ、
ある程度抑え気味の戦い方で、チーム状態を確認していく。
そんな、出場国にとって捉え方が大きく異なっているであろうグループリーグが終了した。
決勝トーナメントは全ての国が似た捉え方で望んでいく、本番中の本番。
グループリーグとは異なった顔を見せる国が増えるだろう。
今回はノックアウト方式の決勝トーナメント、100%のぶつかり合い、WMという究極の戦いに期待しつつ、
例によってインタビュアーJT氏による対談シリーズにてグループリーグを振り返ってみる。
[WorldCup Actually vol.8 '06ドイツ編(中編)] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/06/24(土) 16:55:24|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:5
ドリブルやパス、インパクトのあるゴール、そして戦術理解度の高さおいて、世界にその名を轟かせた男が、
ボールを保持していない守備の局面でも、相手を追い続け、献身的に走っていた。
決して口には出さないが、チームの勝利の為に、辛い時こそ誰よりも率先して走っていた。
持久力に長け、フィジカルの強さも持ち合わせているという理由だけで片付けてはいけないほど走っていた。
ただガムシャラに走るワケではなく、状況に応じて当たり前のように全力で。
自己犠牲 ―。
ジーコの日本代表になってから、俺がその男に対して常に抱いていた事だ。
ブラジル戦の終盤、男はふらつきながら走っていた。
時に太ももを叩きながら懸命に自分を奮い立たせ、最後の最後まで力を振り絞るように走った。
少なくとも俺にはその男の気持ちが伝わってきた。
ここまでの闘志と気迫で戦った選手は一人だけだった。
男の姿、プレー、気持ちを汲んだ選手、汲もうとした選手は、同じピッチに、同じユニフォームにはいなかった。
少なくとも俺にはその男以外から伝わってこなかった。
フィールド・プレーヤーとは異なり、走る事で気持ちを表せないポジションの
川口能活は、
終始気迫のこもったファイン・プレーでチームを支え、持てる力で応えていたけれど。
終了の笛がなると、
男はピッチにぶっ倒れてしまった。
クロアチア戦後は一瞬座り込むだけだったが、全てが終わってしまったブラジル戦後はさすがに・・・。
相手がブラジルだから、という理由だけで他の試合と比べて特別視するつもりはない。
それに日本としてはW杯はブラジル戦が全てではなく、むしろその前の2試合について言及すべきだろう。
でも、セレソン・ブラジレイロの選手ほとんどが欧州のクラブで中心選手として活躍し、ブラジル国民だけに留まらず、
世界中で最も人気のあるチームという事を考えると・・・。
オーストラリア戦やクロアチア戦なんて、ぶっちゃけ当事者しか観ないだろう。
よほどのサッカー好き、暇人、そこに携わる仕事をしている人以外は観ていないのでは?と思う。
しかし、ブラジル戦となると話が違う。
日本人にとっては、日本のいるグループF、という捉え方だけれども、
世界中の人からしてみればきっと、優勝候補の筆頭ブラジルがいるグループF、だと思う。
しかも格下が相手ともなれば、ブラジル特有の“魅せるプレー”を期待する人も多いはず。
世界中の人の目がこの試合に向いていた事は容易に考えられる。
ブラジルの英雄ズィ〜コが率いる日本が相手ともなれば尚更・・・。
申し訳ないが、俺はブラジル戦に関して、前の2試合ほど日本を応援していなかった。
いや応援する気力などもはや失ってしまったと言っていい。
とにかくオーストラリアとクロアチアの試合に賭けていたから脱力してしまった。
カラ元気やキレイごとで自分に嘘を付く事がもうできなくなっていた。
「早く切り替え・・・」「もう勝つしか・・・」という身も実も伴っていない言葉だけの言葉に、いい加減嫌気がさしていた。
ただ、そんな俺とは違い、一人を除く日本選手たちはブラジル戦に揺るぎない自信を持っていたみたいだ。
ブラジルに勝つ事が当然であるかのように、確実な勝ち点3の試合として捉えていたに違いない。
なぜなら、勝たないと後がないと捉えていたクロアチア戦の後半、果敢に行くのを自ら止めたのだから・・・。
あそこで必死に勝ち点3を取りに行かず、夜のベストファーレンに先送りしたのだから・・・。
日中のクロアチア戦よりも夜のブラジル戦の方が、勝つ可能性が絶対的に高いと判断したんだよな??
ブラジル戦は前の試合よりも楽な気持ちで観ていた。
ただでさえブラジルという響きでテンションが上がるワケだし、世界中が注目しているブラジルの試合だし。
でもそこで勝ち点3が必ず入る計算なんだったら、力んで観る方が不自然だろ?という気持ちで入っていった。
果たして ―。
なんともお粗末な試合だった・・・。
3試合通してみても、これほどまでに戦えない集団だとは思っていなかった。
各年代の世界大会でブラジルと対戦経験があり、日本のW杯全試合に出場している唯一の男、
ピッチに倒れる事を嫌い、ファールされても踏ん張り、削られても痛さを表に出さず直ぐに立つ男は、
試合後、
交換したカナリヤ色のユニフォームで顔を覆い、ピッチの真ん中で仰向けになって泣いていた。
初めて見る彼の姿だった ―。
死と隣り合わせの世界に住む、“
SAMURAI”に見立てた今回のワールドカップ日本代表。
“
侍”と呼べるような選手は、
中田英寿たった一人だけだった・・・。
日本の “
FIFA Fussball Weltmeisterschaft Deutschland 2006” が終わった ―。
- 2006/06/23(金) 13:00:59|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:3
今年は4年に1度のワールドカップが行われるそうな。
開催国は欧州大陸のドイツ。
俺はデュッセルドルフとゲルゼンキルヘンにしか行った事のないドイツ。 このW杯も行くつもりのないドイツ。
(そりゃ仕事や私生活や金銭面の許す限り、旅行兼ねて行けるもんなら行きたいさ。ケルンなんか特に。)
当ブログでは代表について、W杯について、ほとんど記されていないという事で、
前エントリーまで “
WorldCup Actually” と題し、インタビュアーJT氏による対談シリーズを行ってみた。
何がアクチュアリーだよ!?って感じだけど、W杯を語る企画で過去を懐かしんじゃったっけ!(笑)
が、しかし ―。
06年W杯の開幕はもう明日です。過去を懐かしんでいる場合じゃねえっつ〜話だよ!
そこで緊急に、サッカー好きから普段はサッカー観ないという友人など約50人による、
『
TATSUの愉快な仲間たち』 に簡易的なアンケート調査(5項目)なるものを実施してみた。
で、アンケートの項目と結果は以下の通り。
1. 日本はグループリーグをどんな成績で終える? 1位 : 2勝1敗 2位 : 1勝2分 3位 : 1勝1分1敗
1位と回答した方は全体の約50%で、ちょっと意外な感じもしたけれど、添えられたコメントなどを見ると、
楽観的というよりは期待を込めてという回答が多い感じだったね。でもブラジルには負けちゃう、みたいな(笑)
2. 日本はどこまで進める? 1位 : ベスト16 2位 : グループリーグ敗退 3位 : ベスト8
全体の70%以上という事で、圧倒的に1位の回答が多かった。結構現実的に考えてるのかな?
3. 日本の注目選手 1位 : 巻 誠一郎 2位 : 大黒 将志、高原 直泰 4位 : 中澤 佑二、中村 俊輔
かなり意外な結果だった。代表発表時は日本にいなかったから判らないけれど、巻が選ばれたという報道に
相当なインパクトがあったの? 確かにJリーグでは我がFC東京のお膳立てもあって結果残してたけど(汗)
当たり前過ぎてヒデやら能活あたりは入れにくかったのかな?(笑)
東京ファンじゃない人から土肥ちゃんとモニに票が入ってました。あざぁ〜〜っす!
4. 優勝国は? 1位 : ブラジル 2位 : フランス 3位 : イングランド、イタリア 5位 : アルゼンチン、スペイン
断トツでブラジルが大人気!! 時のバロンドール受賞者のいる国は優勝した事がないってな話だけど、
今回ばかりはいっちゃうか? ロナウジーニョ、歯ぁ出ちゃうか? 出てるか、既に・・・。
ここではスペインだけが優勝経験のない国としてランクイン。ランク外ではオランダやメキシコという回答も。
ん?? 開催国ドイツ、奮起しろよ!(笑)
5. 日本以外の注目選手 1位 : ロナウジーニョ・ガウショ(ブラジル) 2位 : ジネディーヌ・ジダン(フランス) 3位 : デビッド・ベッカム(イングランド)
4位 : リオネル・メッシ(アルゼンチン) 5位 : カカ(ブラジル) 6位 : ティエリ・アンリ(フランス)、ロナウド(ブラジル)
8位 : ラウール・ゴンサレス(スペイン)、スティーブン・ジェラード(イングランド)、アレッサンドロ・デル・ピエロ(イタリア)、
ミヒャエル・バラック(ドイツ)、アンドリー・シェフチェンコ(ウクライナ)、アドリアーノ(ブラジル)
はい、ロナウジーニョ率が高過ぎです。単に注目!なのか、皆が大好きなのか。とにかく抜きん出てました。
ジズーとベッカムも人気度(認知度?)が高いね。メッシのランクインにはちと驚いた。ニュースター誕生に期待か?
やはり攻撃の選手を挙げる人が多かった。そんな中、プジョール(スペイン)、ロベルト・カルロス(ブラジル)の回答も。
またモリエンテスというW杯メンバーに選ばれてない選手を回答する者もいれば、ダエイ(イラン)を選ぶ人も!
更にはスコットランド(トリニダード・トバゴ)という選手まで!?(誰よ?おりゃ知らんよ。)
簡易アンケートなんざしてみて思ったのは、サッカー好きはともかく、普段は「別にサッカーなんて」ってな感じの人も
W杯ともなると関心が高いなと。幾らメディア報道が頻繁とはいえ、サッカー観てなさそうな人からロビーニョ、ドログバ、
ロッベン、リケルメとか出てくるし(笑) シュバインシュタイガーは名前の響きがいいという理由で票を獲得する始末(笑)
改めて、ワールドカップって凄いなぁ〜〜〜。
そしてやっぱりカナリア軍団セレソン・ブラジレイロとロナウジーニョの人気は絶大だね。
あれだけテクニックがあって楽しそうにプレーする選手は誰だって観たくなるし、心地よくなるってもんだよね。
選手が皆、期待通りのプレーを魅せてくれる事を楽しみにしましょう!!
さぁて、俺もいよいよW杯モードに切り替わってきたっ!!
“
UEFA CHAMPIONS LEAGUE - Hymne”の響きもおさまってきて、
“
FIFA Anthem”がリフレインされ始めちゃってんよ!!
そこで ―。
第七弾はくだらないのは承知で、当たるワケのない予想とか今大会の展望を斯く斯く然々と・・・。
[WorldCup Actually vol.7 '06ドイツ編(前編)] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/06/08(木) 00:27:45|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2
今年は4年に1度のワールドカップが行われるそうな。
開催国は欧州大陸のドイツ。
フランス、スイス、オーストリア、ポーランド、チェコ、デンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと
多くの国と隣接しまくっているドイツ。
当ブログでは代表について、W杯について、ほとんど記されていないという事で、
至って衝動的に過去のW杯について語る企画、始めちゃってます(笑)
インタビュアーJT氏による世界最小規模の対談形式にて、過去の大会を懐かしんじゃってます。
第六弾は我が国日本とお隣の韓国とで共催された02年のW杯にまつわるエトセトラ。
[WorldCup Actually vol.6 '02韓日編] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/06/06(火) 23:50:26|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
今年は4年に1度のワールドカップが行われるそうな。
開催国は欧州大陸のドイツ。
時の首相だったコールもシュレーダーも国のトップとして世界規模の祭典、試合会場に顔を出した大国ドイツ。
現首相アンゲラ・メルケル(キリスト教民主同盟CDU初の女性党首)ってどんな人?
当ブログでは代表について、W杯について、ほとんど記されていないという事で、
至って衝動的に過去のW杯について語る企画、始めちゃってます(笑)
インタビュアーJT氏による世界最小規模の対談形式にて、過去の大会を懐かしんじゃってます。
第五弾はリアルタイムで観ていない、82年から過去のW杯についてのぴーちくぱーちく・・・。
長いので、何もやる事ないくらい暇な方はど〜ぞ。
[WorldCup Actually vol.5 番外編] の続きを、渋々読んでみる
- 2006/06/05(月) 01:15:33|
- ワールドカップ|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
次のページ