オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
既に中欧から帰国して1ヶ月が過ぎているのに、ブログの即時性を完全に無視し、
ダラダラと旅行記を綴っちゃってる俺は、むしろホームページ向きな感が無きにしも非ずだけれど、
ここに中欧3ヶ国旅行記録の最後のエントリーをUPしてみる。
その前に、今回の旅行のこれまでの記録を。
07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.1 【 第1弾 完オチ 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.2 【 第2弾 SWITZERLAND Pilatus−Kulm 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.3 【 第3弾 SWITZERLAND Luzern 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.4 【 第4弾 SWITZERLAND Zurich 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.5 【 第5弾 SWITZERLAND 〜 AUSTRIA EuroNight 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.6 【 第6弾 AUSTRIA Wien 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.7 【 第7弾 CESKA REPUBLIKA Praha part1 】 07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.8 【 第8弾 CESKA REPUBLIKA Praha part2 】【 第9弾 CESKA REPUBLIKA Praha part3 】その土地のモノを食する。
俺にとって海外旅行を楽しむ、気に入る要素として、モニュメントやシンボルなどを含めた街並みが
自分にとっていかに心地良いかというのが大きなウエイトを占めているんだけれど、
郷土料理が楽しめるか、自分の口に合うかどうかもまた、訪れた街の印象を大きく左右する。
まぁ、ほとんどの人がそうだと思うけれど。
決してグルメな野郎じゃないので、さしたる感想は言えないけれど、
プラハでもまた、郷土料理を味わってきた。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.9] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/21(土) 17:21:04|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:4
オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
【 第8弾 CESKA REPUBLIKA Praha part2 】中世の街並みが残り「建築博物館の都」と形容されるプラハ。11世紀のロマネスク様式に始まり、
ゴシック、ルネサンス、バロック、アールヌーボー、アールデコなど多種多彩な建築様式が混在している。

その中でも斬新なデザインで異彩を放っているのが、ダンシング・ビルこと
「ナショナル・ネーデルランデン・ビル(Nationale Nederlanden Building)」。
別名「ジンジャー&フレッド」(ハリウッドで活躍したダンスの名手、
ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステア)と呼ばれるこのビルは、
1992〜96年にヴラジーミル・ミルニッチとフランク・ゲーリーによって造られたそう。
プラハの街にあって、時折目にする個性的な建物の中でも、このビルはとても躍動的。
イラースク橋(Jirasku Most)のたもとにある、その男女が踊っているかのようなビルは、
普段の俺からすると景観を損ねているだの何だのと文句を付けそうなものなんだけど、
ヴルタヴァ川沿いにあり、道の角に建ち、丸みを帯びさせた外観であるところから、
妙に風景の一部として溶け込んでいる印象を受けてしまう(笑)。
プラハの魅力を表わすものの一つとして、遊びもあり、十分に楽しむ事が出来た。
また、斬新という意味合いでは地下鉄の駅も非常に鮮やかで個性を感じた。
プラハの地下鉄はA、B、Cの3路線があり、それら全ての駅がというワケではないけれど、
ユニークなデザインの壁はアート感がたっぷり!
※ 地下鉄駅エスカレーターは日本と比べて恐ろしく速い!
乗り降りの際は気を付けるべし! てか高齢者には優しくないだろ〜よ。
そして国際列車が発着するプラハ最大の駅、プラハ中央駅(Praha Hlavni Nadrazi)の
構内照明は非常にきらびやかで、カフェのアーチ型天井は教会の天井かと錯覚するくらい華麗だった。
この他にもチェコ・プラハが発祥の中心地となった「キュビズム(cubisme)」と呼ばれる建築物がある。
窓の周りや軒下に鉱物の結晶のような多面立方体の装飾が施されているのが特徴の建物群らしい。
キュビズム美術館も含めて、そこまで観て回るほど時間が作れずに残念だったけれど、
新感覚のデザインが生まれる土壌があって、それを受け入れる懐の深さを持ち合わせていて、
中世の街並みにアジャストさせてしまう力があるプラハという街に、俺ぁ〜アッサリと惚れてしまったのだよ。
まだ、街のメインどころやシンボルを味わう前だというのに・・・。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.8] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/18(水) 23:00:47|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
モチベーションと都合により、リーグの甲府戦以来の観戦。
その間に我が青赤軍団はG大阪に虐殺され、
鹿島でのリーグ初アウェイ勝利を収め、
グデングデンだったリーグ前半戦を終えた。
唯一、タイトルの望みが残っているのがナビスコカップ
(大会の位置付けが微妙な天皇杯は別の話)。
ノリオのゴールでアウェイでの準々決勝第一戦を勝利して迎えたこの日、
ただ勝利を!と期待を込めて久々にスタジアムに足を運んだのだが・・・。
(東京に監督はいないので、采配にはもちろん何も期待していないけれど)
2007年 ナビスコ・カップ 準々決勝 2nd−leg FC東京 vs 横浜Fマリノス @ 味の素スタジアム [「FC東京さまよりお届け物で〜す」っとな] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/15(日) 20:29:37|
- FC東京|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2
オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
【 第7弾 CESKA REPUBLIKA Praha part1 】ヨーロッパ大陸のほぼ中央に位置するチェコ共和国の首都で、同国最大都市であるプラハ。
7世紀、スラブ人がヴルタヴァ川(Vltava:ドイツ語ではモルダウ川)のほとりに定住した事からプラハの歴史は始まった。
10世紀にヴァーツラフ1世がボヘミアを統一し、初代ボヘミア王国の王となると、14世紀にはカレル1世が
新生ローマ帝国皇帝に選ばれ、ヨーロッパの歴史舞台に欠かせないほど、プラハは繁栄を極めた。
しかし、1415年のフス戦争の混乱により、ボヘミアはハプスブルク家の支配下におかれると、
民族の自由は次第に奪われていった・・・。
19世紀後半から民族運動が高まり、1918年に独立を迎えるも、第二次世界大戦後はソビエトの
支配下となる。その後、激動の時代を乗り越えて、1993年チェコスロバキアが解体し、
プラハを首都としてチェコ共和国が誕生した。
歴史の中で何度も侵略され、大国に抑え押え付けられながらも、美しい古都を守ってきたプラハとその市民。
ヨーロッパ最大の中世都市は今もその美しさは変わらず、「千年都市」と言われている。
また、美しい街並みにはあらゆる時代の建築物が混在し、「建築博物館の都」と形容され、
教会などの尖塔が多いことから「百塔の都」とも呼ばれている ―。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.7] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/12(木) 23:47:07|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2
オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
【 第6弾 AUSTRIA Wien 】
連邦制をとるオーストリア共和国には9つの州があり、どこも特異な魅力に溢れるという。
ウィーンはオーストリアを構成するその州の1つであり、同国の首都でもある。
かつて13世紀にルドルフ1世が神聖ローマ皇帝に即位した際にオーストリアが併合され、
ハプスブルク王朝が始まり、「ウチは血ぁ流さんと、結婚で王家発展、版図拡大しちゃうっけ!」と
マクシミリアン1世の言葉が示す政策で繁栄。18世紀に女帝マリア・テレジアが即位し、
英仏を除いた欧州を支配下に治める全盛期を迎え、「陽の沈まない帝国」と讃えられる時代を築いた。
第一次大戦敗戦と共にその幕を閉じるまで、約650年におよぶハプスブルク家の帝都として栄えたウィーン。
その遺産は、欧州の国際河川ドナウ川が流れる街の至るところに残り、歩く度に遭遇する。
歴史ある街ウィーンはまた、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを始め、ヨハン・シュトラウス父子、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、フランツ・シューベルトらが生活、活動をしていた音楽の都であり、
ピーテル・ブリューゲルの名画、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレ、オスカー・ココシュカの代表作、
ピーテル・パウル・ルーベンスの傑作など、世界に誇るコレクションが堪能できる美術の街でもある ―。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.6] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/07(土) 20:30:54|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:4
オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
「ここに地終わり 海始まる」なポルトガルはリスボンのロカ岬を捨て、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
【 第5弾 SWITZERLAND 〜 AUSTRIA EuroNight 】陸続きな欧州大陸は、国境を越える鉄道網が当たり前のように発達している。
島国・日本に住む者の感覚としては驚くほどに!(って、日本の鉄道事情にも疎いけれども)
統合化も進んでいるので、様々な国際都市を結ぶだけではなく、ローカルな場所でも
思いのほか鉄道が走っている(ローカルにも程度というものがあるけれど。笑)。
時間のロスが少なく移動をスムーズに、かつある程度出費を抑えられる方法として、
今までの欧州旅行で初めて寝台列車なるものを利用した。
過去にはトルコ旅行でイスタンブールからカッパドキアの往復で片道約11時間の深夜バスを利用したけれど、
寝台電車はバスとは違い、完全に横になれるので、腰痛持ちの俺にも非常に優しい(笑)
ホテル一泊分が浮き、寝ている間に移動完了、日中はたっぷり観光に費やせる。
日数があまりない旅行の移動手段として最高だね。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.5] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/05(木) 00:30:33|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
クロアチアのドブロブニク行きを断念し、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たした
CL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。
【 第4弾 SWITZERLAND Zurich 】
スイス北部にあるチューリッヒ州の州都であり、スイス最大規模を誇る都市チューリッヒ(Zurich)。
チューリッヒ湖(Zurichsee)の北端に位置し、市内にはリマト川(Limmat)とジール川(Sihl)が流れ、
緑豊かな自然に囲まれた穏やかな表情を見せる街には、中世の面影を伝える旧市街も残っている。
古くはローマ帝国の都市として栄え、現在は経済・商業・文化の中心地であり、
国際的な銀行や金融機関が集まっている事でも世界的に知られている ―。
[07欧州旅行 〜中欧3ヶ国の旅〜 vol.4] の続きを、渋々読んでみる
- 2007/07/02(月) 00:51:53|
- サッカー観戦旅行他|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2