色んな角度で蹴ってみる  ~白黒と青赤のある日常~





ユベントスとFC東京を中心とした雑感やら (2012年9月からTwitterをメインに)

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WorldCup Actually vol.2  '90イタリア編

今年は4年に1度のワールドカップが行われるそうな。
開催国は欧州大陸のドイツ。
ロマンチック、ファンタスティック、メルヘンと呼ばれる街道があるドイツ。
当ブログでは代表について、W杯について、ほとんど記されていないという事で、
至って衝動的に過去のW杯について語る企画、始めちゃってます(笑)
インタビュアーJT氏による世界最小規模の対談形式にて、過去の大会を懐かしんじゃってます。

第二弾はイタリアで開催された90年のW杯についてのあんなことやこんなこと・・・。


長いので、すこぶる暇な方はど~ぞ。
マジで長いよ・・・(笑)





 ― 調子はどう? 春を謳歌しているかい?

「まぁまぁ。幸い花粉症ではないから遅めの春の暖かさを心地よく感じてるよ。年中鼻炎ってのは相変わらずだけど。」

 ― それはよかった。じゃインタビューを始めたいんだけど、今回は90年のW杯について。
  この頃はもうW杯というものをちゃんと認識してたんだよね?


「中学1年生だからね。周りの友達とかサッカーやってるヤツらは、さすがに少しは話題にしてたよ。」

 ― この大会はTATSUの愛するユベントスがある国、イタリア開催だったね。カルチョの国のW杯。

「そ~なんだけど、この頃はユーベが低迷時期を迎えててさ(苦笑) あんまし代表選手がいないんだよね。
タッコーニにデ・アゴスティーニ、そしてスキラッチくらいかな~。マロッキもいたかな。
スキラッチはこの大会で得点王になった訳だけど、ユーベじゃ大して・・・(笑)」

 ― でもイタリアには注目してたんでしょ?

「フランスが本大会に出場できなかったしね。ユーベ繋がりでイタリアの知識も得るようになったから注目してた。
近年のイタリアと違ってトータルバランスに優れてて、守備的って感じでもなくいいチームだったよ。
ま~地元開催って事もあって攻めなきゃいけない状況にあったワケだけど(笑)」

 ― 個人で気になる選手はいた?

「アルド・セレナ。元ユーベで、プラティニと共にユーベで世界一になった選手だよ。この頃はインテルだったけど(笑)
結構活躍したんだけど、準決勝のアルゼンチン戦で彼がPK外してさ、その瞬間にアズーリの夏は終わり(笑)
トヨタカップでは華麗にPK決めたんだけど、このPKではドカンとGKの正面に蹴っちゃってジ・エンド。」

 ― セレナってワールドサッカー・ダイジェストでインタビュアーとして活躍してるよね? 確か会った事あるよね?

「今もインタビュアーとして活躍してるの? ここ何年も読んでないから知らないんだけれど。
そうそう、02年CL決勝をグラスゴーに観に行った時に、ベルティと共にたまたまセレナと街で会ったんだよ。
色々話をさせてもらってさ。マニアックな事とか、使える限りのイタリア語と英語でしゃべりまくった!(笑)
あんな凄い選手なのに俺の話に付き合ってくれてね、写真まで一緒に撮らせてもらったよ。
何気に写真を撮ってくれたのは彼らなんだよ。1人ずつ2ショットで、世界的な選手に写真撮らせた(笑)」

 ― 気さくな人たちだね。ベルティって確かこの大会でイタリアの10番付けてなかった?

「確かイタリアはポジション毎に名前のアルファベット順に背番号付けてたんだよ、GKとは別にね。
ベルティが10番になったのはたまたま(笑) この後は特別とされる選手のみ10番付けた。
ロビーが10番だったり、バレージが6番だったり、デルピエロが10番だったり。前回の02年では
選手の話し合いで背番号が決まったらしいけど。」

 ― 今出てきた“ロビー”バッジョ。この大会で一躍その名を世界に轟かせたよね。

「大会後にフィオレンティーナからユーベに来る事が決まってたんだよ。サポーターに負傷者が出るほど騒動になったけど。
バッジョについて凄い選手だという活字を追う生活が続いて、プレーを観たのはこの大会が初めてだった。
とにかくワクワクしたね。チェコスロバキア戦のドリブル・シュートなんて最高だった!!
3位決定戦で得点王が懸かってたスキラッチにPKを譲って、蹴る前に声を掛けてたシーンが印象に残ってる。」

 ― 世界ナンバーワン・リベロと言われたバレージも何気に初のW杯だったよね。

「シレア(故人)がいたからね。ユーベ&アズーリのキャプテンから守備の核となるポジションを奪うのは
バレージでも簡単じゃなかった。でもバレージはリベロというよりもスイーパーでありラインの統率者だよ。
ローマと代表の王子ことジャンニーニがゲーム作ってたし、アンチェロッティやドナドーニが中盤に君臨してたから
上がる必要がなかった。またこの大会でマルディーニもW杯デビューを果たしたね。」

 ― そんなイタリアもナポリで、ナポリの王様マラドーナ率いるアルゼンチンに負けて結局3位だった。

「ビチーニ監督はいいチームを作ったけど、ナポリのサンパオロでアルゼンチンと戦うとは、因果なものだよ。
ナポリの人々は母国よりアルゼンチンを、いや神とイコール関係にあるマラドーナを応援したって話だからね。
イタリアというか都市国家特有のメンタリティみたいなものを垣間見た気がしたよ。
また強気で魅せるGKことワルター・ゼンガ。彼は準決勝のこの試合まで無失点できたんだけど、初失点と同時に・・・」

 ― この大会のマラドーナはどうだったんだろう?

「既に世界でも、開催国イタリアのリーグでも頂点に立った男だからね。マークが厳しく相当潰されてたよ。
もっともピッチに倒れた選手じゃないかな? マラドーナは簡単に倒れる選手じゃないんだけど、とにかく削られて・・・
アルゼンチンは彼だけと言っても過言ではないほどタレントがいなかった。他はカニージャくらいでしょ。
ルジェリとラッキーボーイのGKゴイコエチェアを中心になんとか守ってマラドーナへ、って感じでさ。
ローマのオリンピコで行われた西ドイツとの決勝ではボールを持つたびにブーイングを浴びてた。
ローマはナポリじゃないからね。ローマもラツィオもマラドーナのナポリには苦い思いをさせられてるし、
開催国イタリアを破っちゃったもんだから完全に自国民の怒りの矛先、誹謗中傷の対象となってしまった・・・。
頼みのカニージャもサスペンションで決勝には出られなかったし、西ドイツの守備包囲網で仕事させてもらえず。
表彰式で銀メダルを首に掛けて泣いていたよ。それでも電光掲示板に彼が映ると特大ブーイング!(苦笑)
もう試合も終わってるにもかかわらずね。ありゃさすがに気の毒だよ・・・。
ただ初戦から削られて慢心創意だったマラドーナだけど、やっぱり凄かったんだよ。
決勝トーナメント1回戦でブラジルの猛攻を浴びたけど、たったワンプレーでセレソンを沈めちゃった(笑)
ドリブルからカニージャへのラストパスはホントお見事! 実況が一瞬 『ブルチャガ!』って言い間違えてたけどさ(笑)」


 ― 優勝したのは西ドイツだったけれど、それに相応しい出来だったのかな?

「アンタ馬鹿か!?(笑) 優勝という結果をしっかり残しているんだから、相応しくないはずはないでしょ~よ!!
大会前はブラジルとオランダの決勝を予想しているメディアが多かったけれど、実際に蓋を開けてみたら、
西ドイツが最もチームとして機能されてたと思う。西ドイツかイタリアの優勝が妥当な結果なんじゃないかな。
マテウス、ブレーメ、クリンスマン、コーラー、アウゲンターラー、ブッフバルト、フェラー、へスラー、
そしてリトバルスキーと西ドイツはタレントの宝庫だった。
俺が好きだった中心選手オラフ・トーンが大会前に怪我しちゃってあまり目立てなかったし、
ブレイクすると言われてたメラーも出場機会があまりなかったのは凄く残念だったけど。
ウケるのがさ、黄金のトロフィーを受け取って選手が順々に掲げていくんだけど、皆トロフィーに口付けしてくのね。
で、メラーの番になって一瞬口付けしようとするんだけど、彼はガムを噛んでてさ。躊躇して掲げるだけにとどまった(笑)
準々決勝のチェコスロバキア戦でマテウスと監督のベッケンバウアーが試合中に喧嘩してるのもウケたな(笑)」

 ― 西ドイツはマテウスとブレーメ、そしてクリンスマンのいわゆる“インテル・トリオ”が大活躍だったよね。

「普段試合してる国だからね、アドバンテージはあったと思うよ。
なぜか、同じミラノのライバルチームに所属するオランダ人“ミラン・トリオ”はダメダメだったけど(笑)
西ドイツは主にサンシーロで試合する事が多くてね。ただし、ロッカールームはミラン側ばかりだったんだって。
でも何度も使っているから次第に慣れていって、決勝トーナメント1回戦の西ドイツvsオランダを迎える。
逆にオランダ“ミラン・トリオ”はインテル側のロッカールームを初めて使った。
使い慣れているスタジアムなのに初めて入るロッカールーム・・・。
違和感があったらしいよ。気分的にもいいものではなかったらしい(笑)
それが試合に影響したかは判らないけれど西ドイツが勝った。一つのエピソードとして面白いと思わない?」

 ― これも因果というか、巡り合わせの妙ってやつだね。

「で、その試合でライカールトとフェラーによる例の“唾吐き事件”が。テレビでも唾がしっかり見えたよ。
フェラーのモジャモジャな髪に引っ付いた唾は取り難かっただろ~な~(笑)
その2人の退場劇で、それまで緊迫感があって締まった試合が・・・。退場がなければもっと白熱した試合になっただろうにね。」

 ― オランダはユーロ88を制していて、とりわけマルコ・ファン・バステンがW杯で大ブレイクすると思われてた。
  得点王候補の筆頭にも上げられていたくらいだったよね?


「W杯に嫌われたのかな?(笑) 監督のベーンハッカーと確執があったとか・・・
マルコはクライフを監督に熱望していたって専らの噂だったよ。それにしたってまさかのノーゴール。
フリットも膝の故障明けだったし、ライカールトも良くなかった。クーマンも活躍したとは言えないね。
その年のトヨタカップでトリオは完全復活したけどね。国立へ観に行ったよ。何だったんだW杯!?みたいな(笑)
キーフト、ビンター、ファントシップ、ボウタース、ファン・ブロイケレンらの脇はさほど悪くなかった。」

 ― この大会はTATSUにサプライズを提供してくれた?

「もちろんだよ! チームでいうとイングランド、ユーゴスラビア、カメルーンは素晴らしいチームだったね。
イングランドなんて例の“ヘイゼルの悲劇”があってからクラブは欧州の大会から締め出し食らってたけど、
クラブで国際経験積めなかった割にはいいチームだった。確かチームはフェアプレー賞までもらってたよ~な。
“ガッザ”ことガスコインとプラットという超新星が現れたんだよ。
準決勝で西ドイツにPK戦の末に敗れたんだけど、ガッザは凄い闘志で戦っててさ。
負けたあとの泣いている姿が忘れられないね。プラットも難易度の高いゴールを決めてた。
この二人とクリス・ワドルは凄い選手だよ。リネカーもベアズリーも健在だったしね。
ただ、ベテランで世界的にも有名なGKシルトンが準決勝と3位決定戦で大きなミスをしてしまった・・・。
ミスというには気の毒なミスで・・・あれが敗因ってワケじゃないだろ~けどさ。」

 ― 6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの多民族国家なユーゴスラビア。
  当時この国はどんな驚きを与えてくれたんだろう?


「そのユーゴズラビアの表現、高校の時に勉強したよ。でもここではサッカーのみについてしゃべるよ。
ユーゴスラビアは非常にテクニカルなチームで分裂前最後のドリーム・チームだった。
この主力選手たちは数年後レッドスターでトヨタカップを制しに来日する事になるんだけど、これも国立に観に行った。
“ピクシー”ストイコビッチを中心にカタネッチ、スパシッチ、ヨジッチ、サビチェビッチ、プロシネツキ、パンチェフ・・・
初めてユーゴスラビア、プラーヴィといわれるチームのサッカーを観たけれど魅せられたな~。
ストイコビッチのスペイン戦でのシュート・フェイント・トラップ&ゴールは度肝を抜かされた。
なんていう技術してんだ!?ってさ。
そのプラーヴィは準々決勝でアルゼンチンとのPK戦を最後に大会から姿を消したワケだけど、
プラーヴィの方が印象に残ってる。この試合ではピクシーとマラドーナがPKを外してるんだよね。
W杯でPKを外すってのはスター選手の鉄則か?(笑)」

 ― そのピクシーにも会って話ししてるよね?

「さっきのセレナ、ベルティと同じく02年にグラスゴーでね。偶然にも空港で会って話をさせてもらった。
朝っぱらだったんだけど、ちょい眠そうにしながらジダンのスーパーボレーなどについて話したね。
ピクシーはパリに家があるから同じ便でパリに行ったんだよ。
当時はユーゴスラビア・サッカー協会長だからね、パリで待ってる取り巻きの人が多かった(笑)
話が脱線するけど、ピクシーは個人的に最もプラティニに近いプレースタイルの選手だと思う。
プラティニ引退後はフランスではなく、彼のいるプラーヴィに肩入れし始めたんだけど、例の内戦でね・・・」

 ― 現在千葉で指揮を取ってるオシムは当時のプラーヴィ監督だったんだよね。

「それさ、オシムが日本に来てから知ったよ。そうだったんだ~?ってビックリしたよ。確認してないけれどさ。
今でも信じられない。だってプラーヴィと千葉のプレースタイルの違いは同じ監督というイメージが描きにくいよ。
ところで90年のプラーヴィのユニフォーム、誰か持ってない? 最高にカッコイイんだよ!!
2ndの白もカッコイイ! 当時は凄く欲しいと思ったな~。以降は練習着みたいなユニフォームばっかり(笑)」

 ― カメルーンにはどんな印象を持ってるの? 開幕戦でいきなり前回優勝のアルゼンチンを倒したけど。

「カメルーンを通じてアフリカという地域を初めて認識する事となったね。
とにかくパワーがあってしなやかで、速くて・・・
開幕ゴール、オマン・ビイクのジャンプヘッドなんて驚異的だったよ!
彼らのゴール後のパフォーマンスも新鮮だった。ファンの応援も独特だったしね。
でもやっぱり一番の驚きは彼らのサッカーだよ。身体能力って今でこそ頻繁に使われてる言葉だけど、
この頃は情報もさほど飛び交ってなかった。世界を驚かせたんだよ。ロジェ・ミラというスターもいたね。」


 ― 個人ではどうかな? 驚きというか発見というか、中学1年生にとって心に残る選手は誰だった?

「ん~、俺自身ポジションが攻撃側だったから、やっぱり得点シーンをもとに判断しちゃうけど。
まず、期待してたのはファンバステン、ビアリ、ルベン・ソサ、ブトラゲーニョ。
皆さん、てんでダメだったという意味で心に残ってる(笑)
だからこそスキラッチやスクラビー、プラットにロジェ・ミラの活躍が目立っているんだけどね。
マテウスのミドルシュート、ニアに飛び込むのが上手いクリンスマンのダイビングヘッドやジャンピング・ボレー、
バッジョのドリブル・シュートは印象強い!
もちろんウルグアイ戦でスキラッチのドライブシュートをアシストし、自らも1ゴールしたセレナも忘れられない。
後に世界的な選手となるトーマス・ブロリンがブラジル戦でゴールしてるのも覚えてる。
彼は一回転するガッツポーズをこの頃からしてたんだよね~。
ゴール以外だと、ど~だろう・・・。」

 ― あのさ、さっきっからブラジルの話が出てこないよね? 印象に残ってないの?

「この大会ほど酷いブラジルって後にも先にもあったのかな? だってシーラスが10番付けてんだぜ?
有り得ないでしょ?(苦笑) ラザローニ監督は鉛筆でも転がして10番とポジションを決めたのかな??
ブラジルの10番って言ったら誰もが認めてて、大会前から有名で、サッカー知らない人でも名前は知ってる、
そんな選手じゃなきゃならないでしょ? 少なくとも俺はそう捉えてる。シーラス、誰?みたいな(笑)
しかも全く活躍してないでしょ? ロマーリオやベベットもまだセレソンの中心にはなってなかったし、
ドゥンガも大会後に相当叩かれてたらしい。カレッカとミューレルは得点してるけどイマイチ薄い。
アレモンとジョルジーニョくらいだよ、印象に残ってるのは。
アルゼンチンに、マラドーナの一発に沈まなければ、また大きく違ったW杯になってたかも知れない。
言っても意味のない話だけどさ。これがあったから次の大会で優勝できたんだろうけど。」

 ― 逆に強豪国ではない国が良い結果を残したという部分はある?

「ステアウア・ブカレストというクラブがもとでルーマニアという国を知ったんだけど、
ラカトシュという選手が活躍してた。ハジもいたね。
チャウシェスク政権によって情勢が良くなかったけど、その崩壊後にサッカーで喜びを!みたいなのがあったのかもね。
真ん中に穴を空けた国旗を振っている人が多くいたな~。
チェコスロバキアもスクフラビーやハシェックを中心に準々決勝まで進出した。
このころは社会主義抵抗とかで東欧の政治情勢に動きがあった時代だよね。
ベルリンの壁やソ連崩壊、チェコとスロバキアの分裂。さっきのユーゴスラビア云々はまたちょっと別だろうけど。
西ドイツはW杯優勝と東西統一という歴史的な年になったワケだね。
おっと、脱線しちゃったな。サッカーに絡めて話す必要はないし、関連付けちゃダメだね(笑)
そ~いえばコスタリカっていう国を知ったのもこの大会だと思う。決勝トーナメントに進んだからね。
前回のメキシコ、このコスタリカ、次のUSA、その次のナイジェリアと強豪国ではない国を
決勝トーナメントに進めたミルチノビッチ監督はこのレベルの代表監督のスペシャリストだと思ったよ。
諸々の理由で02年へ向けての日本代表監督に推薦してた。推薦といっても周りの友達に主張してただけど(笑)」

 ― とりあえず先の大会の話は今回は遠慮してもらって(笑) そろそろ締めて頂きましょうかね。

「えっ、もう?(笑) もっと色んなネタがあったんだけど、ま~いいか。別の機会で話すことに。
え~っと、この大会はとにかくPK戦が多かった。決勝のゴールもPKでの1点だったし。
得点が少なくて過去最低の大会って言われたんだよね。
だから得点が入るように、後にGKへのバックパス・ルールが変わり、オフサイドも攻撃側に有利なものへ。
ゴールを大きくしようっていう案まで出てペレが怒ってたよ、現役復帰してもっとゴール決める!って(笑)
それでも当時としては世界最高峰だったんだよね。クラブ至上主義の色が濃くなる前の最後の大会だったから。
って、この大会の締めにはなってないね。そのフリは止めてくれよ(苦笑)」

 ― そしたらまた例によって項目別セレクションを頼むよ。

「OK! 自分の記憶の中の記録って感じでそ~ゆ~の結構面白いもんだね。
でも数年後とかに記憶が曖昧になっちゃって、セレクションも変わっちゃうのかな~。」

 ― それはそれでいいんじゃない? その時の心情や心境で必ずしも統一しなきゃいけない事もないでしょ?

「そ~だね。逆に今忘れてた記憶がその時に甦るって事もあるしね。」

 ― じゃ~次回、94USA大会もまたよろしくね。

「あんまダラダラ長話しにならないように気を付けるよ(笑)」




【90年イタリア・ワールドカップ セレクション】

■ ベストゲーム
1位 : 準決勝  西ドイツ vs イングランド
       この国同士の戦いは色々と因縁があるんだよね~。
       この試合はとにかくゴールになってもおかしくないプレーが続出!
       イングランドの方が素晴らしかったけど、ドイツの経験もまた・・・みたいな。
       歴史に残る!みたいな試合が少ない中でかなり熱い試合だったよ。

2位 : 3位決定戦  イタリア vs イングランド
       互いに準決勝で破れ、心身ともに消耗しててただの消化試合になるんじゃないかと思ってたけど、
       プレッシャーから解放されたのか、フェアで凄く面白い試合になった。
       イタリアは自国民のために、イングランドも過去に失ったものを取り戻すかのように・・・。

3位 : 決勝トーナメント1回戦  西ドイツ vs オランダ
       フェラーとライカールト、双方に退場者が出たのもかかわらず白熱した展開。
       10人同士で戦っている印象を受けなかったほど。
       スーパーゴールを決めたストライカーと全く振るわないストライカーの明暗くっきり。


■ ベストゴール
1位 : ストイコビッチ (決勝トーナメント1回戦 ユーゴスラビアvsスペイン)
       決勝点となるFKも凄かったけど、やっぱり1点目のシュート・フェイント・トラップ&シュートでしょう!
       あの状況でなぜそんなに落ち着き、巧妙にボールを扱ってしまうのか!?
       スペインGKスビサレータも為す術なし。

2位 : プラット (決勝トーナメント1回戦 イングランドvsベルギー)
       延長戦の事だった。ドリブルで突進したガスコインが倒されFKを得る。
       ガスコインはチップキック気味なFKを蹴り、そこに走り込んできたプラットが体の向きとは真逆に反転し、
       反対側のゴールネットへボールを突き刺す・・・。感嘆の溜め息・・・。

3位 : リンコン (グループ・リーグ コロンビアvs西ドイツ)
       バルデラマを中心としたコロンビアのショート・パスに西ドイツ守備陣は翻弄され・・・。
       最後はスルーパスに抜け出したリンコンがゴールゲット!!
       美しきゴ~ルに酔えるんだよな~!

4位 : スキラッチ (準決勝 イタリアvsアルゼンチン)
       中盤でポストに入ったスキラッチ。彼からのパスでイタリアはポンポンダイレクトで、
       しかもほとんど地面にボールを落とさずに繋ぐ繋ぐ!
       ビアリがボレーでシュートを放ち、GKが弾いたところを起点となったスキラッチが詰めてフィニッシュ!
       チームで魅せるイタリアがこの時代にはあったんだよな~。

5位 : バッジョ (グループ・リーグ イタリアvsチェコスロバキア)
       ジャンニーニとの華麗なワン・ツーでバイタルエリアへ侵入した“ロビー”バッジョ。
       優雅なフェイントを入れて相手の逆モーションを取り、狙い済ましてゴール!!


■ 記憶に残るプレイヤー
 マテウス、、ブレーメ、クリンスマン、リトバルスキー、ブッフバルト、コーラー(以上西ドイツ)、
 マラドーナ、カニージャ、ゴイコチェア(以上アルゼンチン)、スキラッチ、バッジョ、ジャンニーニ、ドナドーニ、ビエルコウッド、
 ゼンガ(以上イタリア)、ガスコイン、プラット、リネカー(以上イングランド)、 オマン・ビイク、ミラ(以上カメルーン)、
 ストイコビッチ、カタネッチ(以上ユーゴスラビア)、スクフラビー、ハシェク(以上チェコスロバキア)、
 シーフォ、プロドーム(以上ベルギー)、ジョルジーニョ、アレモン(以上ブラジル)、バルデラマ、アルバレス(以上コロンビア)、
 フォンセカ(ウルグアイ)、ミッチェル、マルチン・バスケス(以上スペイン)、ファン・ブロイケレン、ボウタース(以上オランダ)ほか


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  1. 2006/04/28(金) 00:01:20|
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