色んな角度で蹴ってみる  ~白黒と青赤のある日常~





ユベントスとFC東京を中心とした雑感やら (2012年9月からTwitterをメインに)

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最後の勇姿 ~96年組へのオマージュ~  vol.3

我がユベントスへの移籍が決まっていた96年、夏 ―。
ジネディーヌ・ジダンを初めて観たのは、そのイングランドでのEURO96だった。

今日に至るまでジズーは、様々な至福のときを提供してくれた。
フランス代表で頂点を極め、ユベントスにも偉大なる功績を残してくれた。
01年にマドリーへ移籍してしまったけれど、グラスゴーで決めてみせた02年CL決勝ウイニング・ボレーシュート
俺が今まで生で観てきたゴールの中で、最も偉大で究極に素晴らしいゴールだった。


あの時から10年 ―。
一度は代表から退いたものの、待望論と己の挑戦の為に復帰したジズー。
フランス代表のユニフォームだけではなく、スパイクをも脱ぐ決心をして臨んだ今回のWMだった。

残念ながら序盤のフランス代表も、ジズー本人も、状態がいいとは言えなかった。
苛立ちを抱え、警告を重ね、僅か2試合でWMから去る可能性が帯びたグループリーグ。
韓国戦で交代させられた後、腹いせにスタジアム内のドアに蹴り入れて変形させちゃう事も・・・。
(「最も偉大な選手の一人に傷つけられたドア」として、記念にそのまま保存しておくそうな。)

仲間の奮闘があり、再びピッチに立つことが許されたジズー。
98年W杯で出場停止処分を食らったが、最終的に自らの2ゴールで恩返し。
今回もまた、仲間に助けられたジズーは停止明けのスペイン戦から借りを返し始め、フランスの快進撃が始まった。
次第に結束が高まっていき、ブラジルを食い、ポルトガルを沈め、引退へ向けて最高にして最大の、
全ての条件が揃ったフィナーレを迎えた ―。

神が再び舞い降りた。やっぱりジズーのための大会なのか!?
決勝戦という舞台でありながら、臆することなく大胆なキックでPKを決めてしまったジズー。
栄光と挫折を味わった男に、サッカーの神は再び彼を頂点へと誘っているかのようだった。

 しかし ―。


 1発はブッフォンのファインセーブに遭い、もう1発は
 ラフプレーと野次りだけは超一流なマテラッツィへの非紳士的行為・・・。
 かつてフランスを世界の頂点へ導いたの2発のヘッドは、
 8年後の同じ舞台で全く別のカタチとなって出てしまった。

 果たしてジズーの最後は、想像もしてなかった呆気ない幕切れとなった・・・。


 偉大な選手のピッチを去る背中は、
 どこか寂しく、決して大きくは見えなかった ―。


どんな思いでピッチを後にしたのだろう・・・。
神の最後を見届けに来たであろう大観衆の中で、退場していくジダンの脳裏に去来したものは・・・。
ただ言える事は、一人のサッカー選手としてあの場を去っていったという事だ。
彼は神でも宇宙人でもなく、生身の人間だった。


もちろん、だからといってジズーのこれまでの功績が色褪せるものではない。
確かに有名な頭突き退場(2000だっけ?CLでのハンブルガーSV戦)以外でも、98-99のインテル戦とか、
時々キレて退場してしまう事は何度かあった。そのほとんどが相手のプレーに対する報復であったが・・・。
でも、それら全てを含め、96年のあの日から幾多の美しいプレーで俺を魅了し続けてくれた。

退場によるサッカー人生の閉幕 ―。
しかしこれもまた、偉大な選手であればこその人生なのだ。


C'est la vie.....
Merci, Zizou  Allez les Bleus !!







って、ホントはこんなエントリーになるはずじゃなかったんだよな~(苦笑)
2001年の春に別の媒体で書いた↓の続きを、ジズーに魅せられた想いをポジティブにUPしたかった・・・。



Zinedine Yazid Zidane

あまりの優雅さ、華麗さに言葉を失う。色濃く残された彼のプレーには、気品とアーティストの香りが漂う。
この攻撃色の強いオールラウンド・プレーヤーは、眩いばかりの光彩を放ち、観る者の心を潤し、
また感情を豊かにしてくれる。
男の名は、ジネディーヌ・ジダン ―。
フランスが生み(両親はアルジェリアからの移民)、イタリアはユベントスで活躍している稀代のファンタジスタは、
私が現在、世界最高だと思っているフットボール・プレーヤーである。

ジズー(ジダンの愛称)のプレーを最初に観たのは、’96ヨーロッパ選手権・イングランド大会。
大会後に私の愛するチーム、ユベントスに移籍する事が決定していた彼は、
フランスの注目選手としてサッカーの母国に乗り込んだ。
しかし、大会直前に遭った交通事故の後遺症で本調子ではなかった彼は、私に“上手い”と思わせる程度の活躍しか
印象を残してくれなかった。ただ、将来が楽しみだと期待感を抱かせたのも事実である。

ユベントスに移籍後、“上手さ”に加え“強さ・戦術眼・狡賢さ”が備わり、飛躍的に成長する。
それまでも強かった名門チーム、ユベントスは彼の入団かつ開花によって更に違ったエッセンスを得る事となった。
結果として、ジズーは二年連続スクデット(セリエA優勝)をユベントスにもたらした。

イタリアである種のステイタスを築いたジズーは、’98ワールドカップ・フランス大会でホスト国のエースとして参加。
退場を受けた試合もあったが、決勝戦での2ゴールを含めた素晴らしい活躍で、自国フランスを初のワールドカップ優勝に導く。
あの「“将軍”ミシェル・プラティニ」でさえ成し得なかったワールドチャンピオン。
地元観衆の期待に応えた彼は、フランスの“新将軍”、世界のスーパースターとなった。
そしてその年のFIFA最優秀選手賞、バロンドール(ヨーロッパ最優秀選手賞)の2冠に輝いた。

ワールドカップ後、ケガなどで不遇な時を過ごしたが、以前にも増して存在感に溢れ、常に試合を決定付けるプレーヤーとなった。
そして圧巻だったのが、’00ヨーロッパ選手権・オランダ・ベルギー大会である。全ての試合で凄まじいほどの大活躍。
個人技、チームプレーの両面において確立されたプレーを披露し、ワールドカップに続き、
ユーロでもフランス優勝の立役者になった。まさにジダンのための大会であった。
もはやスーパースターの域をも越え、アンタッチャブルな存在となった。

ジネディーヌ・ジダンのプレーは滑らかで無駄がない。鋭いフェイント、独特なステップ、柔らかいタッチのドリブル、
読みのいいディフェンス、意表を突くパス、そして鮮やかなシュート。
全てにおいて正確にボール・コントロールしてしまうテクニックと豊富な運動量、巧みなボディバランスを持ち合わせており、
その場に居合わせた人々は完全に魅了されてしまう。
ボールの扱いがあまりにも自然かつ一体化されてしまっているため、まるでダンスを踊っているかのようであり、
音楽が流れている雰囲気さえ感じさせる。

また視野が広く、シンキング・スピードは恐ろしく速い。
マークに付かれている時は、ダイレクト・パスや動いて他の選手のためにスペースを作る動き、
フリーな時にはドリブルやシュートというように、頭の回転、状況判断が非常に長けている。
ジズーほど卓越された戦術眼、自由な発想で攻撃を構築する選手は他に見当たらない。

それらのプレーを裏付けするポイントとして、ファースト・タッチの素晴らしさが挙げられる。
ボールを受けた瞬間に、意のままにトラップしてしまうため、次のプレーがスムーズになる。
ボールを受ける前にイメージしていたプレーが流れるように実行に移せるので、
常にイニシアチブを握る状況下になり、敵は間合いを取る事が出来ない。
激しいマークが待ち受けるポジションにも拘わらず、である。
逆にファースト・タッチに失敗すると修正を施さなければならないため、プレーの選択肢は減ってしまう。
ある意味、選手の質はこのファースト・タッチに集約されていると言っても過言ではない。
ファースト・タッチによって選手のランクというものが一目でわかってしまうものである。
その中でジズーのファースト・タッチには良い選手と偉大な選手の違いを見る思いがする。
世界広しといえども、現在彼と同列に置ける選手は、「ロベルト・バッジョ(イタリア)」くらいであろう。

更にジズーには二つの“そうぞう力”が備わっている。
一つは状況を察知し、局面を有効に使うためにはどうしたら良いかという“イマジネーション(想像力)”。
もう一つは触ったボールに生命を吹き込むかのような輝きを放ち、局面を打開してしまう“クリエーション(創造力)”である。
これは彼の頭脳がずば抜けて優れている事を証明している。
サッカーは頭でするスポーツではないが、頭を使わないと出来ないスポーツである。
洗練された戦術眼と共に天性の閃きでプレーを具現化してしまうジダンという男は、まさにファンタジスタと言えよう。
全てにおいて超越されたプレーを現地の生のピッチで観た時、それをはっきりと感じ取る事が出来た。
痺れる思いと、何かを悟ったかのようなため息を自然と発してしまった。
そして涙腺がゆるむほど幸せな気持ちにさせられた。

2002年、日韓ワールドカップにフランスは前回優勝国として出場する。
フランスの、いや大会の中心選手はこのジネディーヌ・ジダンをおいて他ならない。
29歳という年齢的にも円熟期で迎える一年後のワールドカップ。
彼のプレーを是非とも観て欲しい。
“サッカー界の宝”は日韓のピッチでも多くの人々の心を奪うだろう・・・。




恥ずかしながら、2001年の春頃に某サイトでこんなこと書いちゃってました(笑)
美辞麗句が多過ぎて、何とも読みにくい当時の文章だけど、今も相変わらず稚拙な文章だってのは放っておけ!(笑)
そこに書いてある通り、最後の舞台で“頭”を使っちゃったっけか!(笑)

今大会でフランスが優勝したらこれに続けて、挫折、そして再び栄光へ、
ってな感じで残そうかとブラジルに勝ったあたりから考えたけど・・・。
まぁ、“C'est la vie”だよね。

って、あんなフィナーレを迎えたのに、ジズーが大会MVPですか!?(笑)



とにかく、俺がEURO96から観てきた代表でのネドベド、フィーゴ、ジダン。
そろいも揃って一度代表から引退し、復帰し、06WM本大会を最後に自国代表選手というポジションに別れを告げる・・・。
彼らはなんか昔っから色々と共通点があって面白かったんだよな~。
大会前はこんなのエントリーするつもりはなかったけれど、ちょっと見上げた世代に彼らがいたことに幸せを感じ、
それとともに寂しさも到来し・・・。
彼らの全盛期と言われる頃のプレーを現地で生観戦した事があったからこその、オマージュという感じです。

最後の代表戦となった今大会、彼らは“らしく”輝いていた・・・。


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  1. 2006/07/10(月) 22:41:45|
  2. ワールドカップ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
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