色んな角度で蹴ってみる  ~白黒と青赤のある日常~





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07欧州旅行 ~中欧3ヶ国の旅~ vol.3

オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
クロアチアのドブロブニク行きを断念し、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たしたCL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。


第3弾 SWITZERLAND Luzern 】

中央スイス地方は、スイス連邦発祥の地である、とか。
そしてスイス観光の先駆けとなった地域として知られている、らしい。
この地方の中心にはフィーアヴァルトシュテッターゼー(Vierwaldstattersee:4つの森の州の湖)という名前の湖がある。
ルツェルン州、シュヴィーツ州、ウーリ州、そしてウンターヴァルデン州の4つの州に接する湖で、
建国の象徴的な物語 『ウィリアム・テル(ヴィルヘルム・テル)』 の舞台ともなっている。
 ※ 悪代官ゲスラーの命令で自分の息子の頭に乗せたリンゴを射抜き、逆にゲスラーを射殺し、
   テルは英雄となり、スイス独立に結びついたというアレね。

で、前回エントリー(vol.2)のピラトゥス頂上からの写真でもお判り頂けるはずの、とっても歪な形をした
由緒あるフィーアヴァルトシュテッター湖のクルージングを終え、次にその湖の北端に位置する
美しい古都ルツェルン(Luzern)を散策した ―。






ルツェルンは駅を降りると既に、目の前は美しい湖が輝きを放ち、奥には連なるアルプスの山が広がり囲んでいる。
そしてその周辺に佇む近代的な建物と歴史と風情を感じさせる建物が絶妙な配置で競合し、違和感がない。
そこはかとなく気品が漂い、やわらかな日差しを湖が反射させているせいか、街自体が明るく感じる。

「絵画のように美しい」と言われているルツェルンの風景は、駅前の風景だけで訪れた者を納得させるのではないか?
と思うくらい、のっけから美のインパクトを与えてくれた。
         







ピラトゥス周遊を終え、ルツェルン散策の第一歩として向かったのは、湖から流れ出したロイス川周辺。
ロイス川は街の真ん中を流れており、かつて両岸には美しい中世都市が発展していったそうな。

 その2つに分かれた街(北側の旧市街と南側の新市街)を結び、
 花で飾られた カペル橋(Kapellbrucke) は、14世紀初頭に建造され、
 全長はおよそ約200mあり、ヨーロッパ最長であるばかりでなく、
 ヨーロッパ最古の屋根付き木橋(完成は1333年)でもあり、
 ルツェルンのシンボルとなっている。


歩いてみるとコツコツ、ミシッミシッという木の軋み音が鳴り、歴史やら風流みたいなものが感じられ、
嬉しさも併せて思わずニヤけてしまう。もちろん不安定とか欠陥のため、というワケではない。
屋根の天井(梁とでも言う部分?)には画家ハインリッヒ・ベグマンによって描かれた板絵が連なっている。
これはスイスとルツェルンの歴史物語や、街の守護聖人レオデガルとマウリッツェの生涯、伝記などが描写され、
民族・歴史学の貴重な資料にもなっているとの事。
1993年に原因不明の火災にあって消失したそうだけど、見事に修復されているのか、
以前のものを知らない俺としては言われないと気が付かない。(板絵がなかった部分かな?)

感嘆の声を漏らしながら、色んな角度で撮ってみた。しかもモノクロで。
           






橋の途中には八角形の水の塔(Wasserturm)があり、実は橋の歴史よりも古く、かつては公文書や
重要物などの保管所、あるいは危険な事態が迫った際に、市民に警鐘を発する防衛塔(鐘楼)や
拷問部屋としても使われていたそうな。
また、カペル橋自体、湖側からの敵の進入を阻むために建造されたらしい。


逆に反対側、旧市街の西側から敵の侵入を防ぐ防衛線だったのが、シュプロイヤー橋(Spreuerbrucke)。
シュプロイヤーとはもみ穀のことで、端の隣に水力によって小麦を脱穀して粉にする水車小屋があり、
橋からもみ穀を川へ捨てていたと言われている。
カペル橋と同様に板絵が連なっているけれど、ペスト(黒死病)の大流行を題材にしたものが多く、
死神をモチーフに描かれた、『死の舞踊』」と題する板絵が飾られている。
雨が降ってきて、運よく屋根付きのこの橋へ入ったはいいが、空が暗くなっていた事で橋の内側は陰気な感じ。
いや、天気の影響、死神の絵、屋根の角度、時間帯などによる暗さを差し引いても、この橋は雰囲気が暗い。
明るい街の印象を持った俺の中ではここだけは異質さを覚えた。
そしてカペル橋と違って観光客がほとんどいない(笑)
カペル橋周辺の穏やかな水の流れとは違い、こちらは水の流れが強く、
そのぶん橋が劣化しちゃっているのか、カペル橋よりも古い感じもした。
カペル橋側のタマネギ型ドームのイエズス教会(Jesuitenkirche)などを撮ったりしてシュプロイヤー橋を降りる事に。
     







ぶらぶらと街を歩いているとフレスコ画の壁画が描かれた建物や滑稽な像などがついた噴水など、
旧市街のかつての面影とでもいうのか、色々と目を喜ばせてもらえる。
地図も開かずに適当に目に入ってくるものを素で楽しむのもまたいいね。
市庁舎かな?時計塔は素晴らしい雰囲気の佇まい!
           











 二つの尖塔が美しい外観のホーフ教会(Hofkirche)を横目でチラ見しながら、
 旧市街の北東外れの方にある ライオン記念碑(Kowendenkmal) へ。
 大きな岩に身を横たえるライオンは脇腹に槍が刺さり瀕死の状態 ―。
 フランス革命の最中、パリのチュイルリー宮でルイ16世とマリー・アントワネットを
 民衆から守ろうとして殉死した786名のスイス人傭兵の追悼碑が、
 この「死に瀕したライオン」のレリーフなんだとか。

スイスは観光や精密機械などの産業がなかった当時、優秀と評判のスイス人兵を傭兵として他国に派遣する事で
外貨を得て、国力を付けていったそうな。
今でもバチカン市国の門兵(カトリック教会の総本山、サン・ピエトロ大聖堂に立っている派手な服の門番)は
スイス人が護衛兵を務めている(500年以上も務める、「世界で最も小さな軍隊」)。



その後は街を敵から守る防護壁で、現存する城壁としてはスイス最長のムーゼック城壁(Museggmauer)へ。
坂を上がって城壁へ行き、塔の中から城壁を登ってルツェルンの街を一望する。
       





この日の日中にピラトゥスへ登ってきた事と、石畳坂などの歩き疲れか、ここへきてさすがに足がガクガク(笑)
城壁を降りる際に地味に軽く攣ってたってのは内緒(笑)



 フィーアヴァルトシュテッター湖の湖尻に架けられ、街の中心でもある
 ゼー橋(Seebrucke)を最後に渡ってルツェルン駅へ戻る。

 恵まれた爽快な自然の美しさと、そこへ加えられた人工的な美しさの絶妙さ。
  (駅やカペル橋、ホーフ教会など、なぜか色んな場所で火災が起きては再建している)
 近郊の山にも半日で帰ってこれる丁度いい規模の贅沢な街、ルツェルン。

ピラトゥス周遊とルツェルン散策という、欲張りでハードな行程が終わった ―。



行きと同じくSBBに50分ほど揺られて拠点であるチューリッヒに着き、
ホテルへ戻って足湯してから直ぐに、チューリッヒの夜景を撮りに行った
欲張り馬鹿は自分ですが、何か?(笑)


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  1. 2007/06/27(水) 00:05:55|
  2. サッカー観戦旅行他|
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  4. コメント:0
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