色んな角度で蹴ってみる  ~白黒と青赤のある日常~





ユベントスとFC東京を中心とした雑感やら (2012年9月からTwitterをメインに)

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07欧州旅行 ~中欧3ヶ国の旅~ vol.6

オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たしたCL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。


第6弾 AUSTRIA Wien 】

 連邦制をとるオーストリア共和国には9つの州があり、どこも特異な魅力に溢れるという。
 ウィーンはオーストリアを構成するその州の1つであり、同国の首都でもある。

 かつて13世紀にルドルフ1世が神聖ローマ皇帝に即位した際にオーストリアが併合され、
 ハプスブルク王朝が始まり、「ウチは血ぁ流さんと、結婚で王家発展、版図拡大しちゃうっけ!」と
 マクシミリアン1世の言葉が示す政策で繁栄。18世紀に女帝マリア・テレジアが即位し、
 英仏を除いた欧州を支配下に治める全盛期を迎え、「陽の沈まない帝国」と讃えられる時代を築いた。


第一次大戦敗戦と共にその幕を閉じるまで、約650年におよぶハプスブルク家の帝都として栄えたウィーン。
その遺産は、欧州の国際河川ドナウ川が流れる街の至るところに残り、歩く度に遭遇する。

歴史ある街ウィーンはまた、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを始め、ヨハン・シュトラウス父子、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、フランツ・シューベルトらが生活、活動をしていた音楽の都であり、
ピーテル・ブリューゲルの名画、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレ、オスカー・ココシュカの代表作、
ピーテル・パウル・ルーベンスの傑作など、世界に誇るコレクションが堪能できる美術の街でもある ―。






かつて、ウィーンは外敵から身を守るため、城壁に囲まれていた。
マリア・テレジア女帝時代に栄えたその市街は、19世紀半ば、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の治下で整備された。
ヘレーネとの見合いにもかかわらず、その妹で“シシィ”の愛称で親しまれた“あの”エリザベートの美貌に惚れ込んで、
「ヘレーネはいらねぇ、エリザベートさ!」と天空の城ラピュタに出てくるようなセリフを言ったか否かはともかく、
母ゾフィーの反対を押し切って結婚しちゃった皇帝の事ね。
与太話はともかく、中世以来ウィーンを囲んでいたその城壁を取り壊し、代わりに城壁跡には環状道路が敷かれ、
歴史主義的な建造物による都市計画の建設ラッシュが始まり、周辺には様々な建築物が姿を現していった ―。



現在、リンクと呼ばれる環状道路は、1周が約4キロメートル、道幅約50~60mの大通りで
車道、トラム(路面電車)のレール、自転車用の道、歩道などに分けられ、歩道は並木道にもなっている。
トラム(シュトラーセンバーン:Strassenbahn)の1番と2番は、そのリンクを周回しているので、
1周(14駅)30分のトラムを乗り降りしながら、ウィーンの見所が集中しているリンク周辺を見物してみた。

 パリ、ミラノと並ぶヨーロッパ3大オペラ劇場と言われる
 ウィーン国立オペラ座(国立歌劇場)の脇から乗ってみる。
 直ぐ右手に存在感のあるブルク門の奥から、壮大な趣で
 王宮(ホーフブルク:Hofburg)と新王宮(Neue Burg)が見えてくる。

左手には美術史博物館と自然史博物館が向き合うように立ち並んでいる。
ブリューゲルの『バベルの塔』、『農家の婚礼』、『子供の遊戯』 や デューラーの『聖三位一体』などを
鑑賞したかったけれども、美術館に行くと何時間も費やしてしまうのでやむなく前を通り過ぎる・・・。

トラムが少し右に曲がると、左側にギリシャ様式のような建物の国会議事堂(Parlament)が現れ、
正面の女神は一際目立つ。(ついさっきまでユーロ2008のイベントが行われていた模様)
そのまま進むと、右にはブルク劇場が見え、左には市庁舎(Rathaus)、ウィーン大学と続く。
奥の2つの白い尖塔が美しいヴォーティフ教会(Votivkirche)もインパクトを放っていた。
       






徐々に緑の木々や格式のある建物の多かった景色が変わる。
やや開けた視界の先にはドナウ運河が流れ、トラムは右に曲がりながら運河と平行して進んでいく。
ちょうど王宮がある辺りと真逆に位置する場所だけれど、旅行客の姿はほとんどなくなり、
地元民たちの姿だけの街並みへと変化する。名所となるものがないからだろうけれど、
ちょっとの間にそんな違いが見て取れるので、トラムのリンク周遊は何気に面白い。

ドナウ運河に別れを告げ、大きな弧を描いて右に曲がったトラムは美しい並木道の中を突きって行く。
左手の市立公園は木々が生い茂り、溢れんばかりの緑を提供し、地元民の憩いの場となっている。
街のほぼ中心に位置しているにもかかわらずとても静かで、涼しげで、ゆったりとしてて、これぞ都会の森!

 園内にはヨハン・シュトラウス2世の像があり、
 それを見ながら「美しく青きドナウ」の曲が頭の中に流れる。
 (当然、映像は俺の好きなキューブリック作品「2001年宇宙の旅」ですが。笑)


裏手には、オチか!?と拍子抜けするほど「汚く黒きウィーン」な、渇き気味のウィーン川が流れていた(苦笑)


最終コーナーを曲がったトラムは、直線を軽快に走り、オペラ脇のハルテシュテッレ(停留所:Haltestelle)で
止まったところで、乗り降りを繰り返したリンク周遊を終了した。



毎年元旦に全世界でTV中継される「ニューイヤー・コンサート」が開催される場所で、世界で最も有名なオーケストラ、
「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」の本拠地・ムジークフェライン(楽友教会:Musikverein)を見学したり、
装飾性を重視しながら機能性を加えた華やかかつすっきりとしたデザインが特徴のユーゲントシュティール(Jugendstil)と
呼ばれる建築物(パリでよく見て回った、フランスで言うアールヌーボー:Art Nouveau)を見て回ったり、
カフェ巡りをしたかったけれど、のめり込んでしまう性質(タチ)の俺が行くには危険なほど時間に余裕が無かったため、
断腸の思いでそれらを排除し、街のシンボルを見るためにリンク内へ飛び込んでいった。


王宮庭園(Burggarten)にあるモーツァルト像を見てからブルク門(Burgtor)をくぐり、トラム周遊のっけに
外観だけ見た王宮(ホーフブルク:Hofburg)と新王宮(Neue Burg)の敷地内へと入ってみる。
目の前は英雄広場(Helden Platz)で、左にはカール大公の騎馬像があり、右のオイゲン公騎馬像の後ろには
その像を中心にして囲むように、美しいアーチ型の新王宮が建っている。
かつてナチスドイツがオーストリアに軍事侵攻をした時に、ヒトラーが英雄広場に面したその新王宮のテラスから、
集まった10万人もの市民に対し、「オーストリア併合」の宣言をしたのが有名な場所である、らしい。
広場を突っ切り、帝国の発展とともに増改築が繰り返された広大な王宮へ。
部屋数は2600ほどあるらしく、ハプスブルク家が長い歴史の中で使用してきた物が展示されている、らしい。
また世界で最も美しい図書館と言われているプルンクザール(Prunksaal)や、ハプスブルク家の結婚式が行われ、
地下にはハプスブルク家の人々の心臓が安置されているアウグスティーナ教会(Augustinerkirche)ほか、
様々な博物館が王宮の敷地内で見ることができる、とか(有料施設に入らず、話は“とか”や“らしい”止まり・・・)。
ミヒャエル門(Michaelertor)をくぐって王宮の敷地を出て、「実は逆側から見学してたんじゃね~の?」と思いつつ、
歴代ハプスブルク家の居城となった由緒ある宮殿を後にした。
           







 王宮から真っ直ぐ伸びるブランドショップ・ストリートのコールマルクト(Kohlmarkt)を進み、
 グラーベン通り(Graben)で右折し、金光りなペスト記念碑などに目をやりつつ少し歩く。
 すると街のド中心にしてウィーンの象徴、オーストリア最大のゴシック様式教会な
 シュテファン寺院(Stephansdom)がドーン!と目に飛び込んでくる。

 地元では「シュテッフル」の愛称で呼ばれるこの寺院は、
 12世紀半ばにロマネスク様式の教会として建築されたが、
 15世紀にハプスブルク家のルドルフ4世によってゴシック様式に改築されたそうな。

 137mの高さを誇る南の尖塔は先端が工事中だったけれど、空を突き抜けるように伸び、
 屋根のモザイクは奇抜だけど、妙に建物に合っていて、独特の美しさがあった。


実際に登らなかったけど、高さ61mの北塔は鐘楼で、トルコ軍が置き去りにしていった
大砲などを溶かして造った大鐘が、地下にはハプスブルク一族の内臓を納めた
カタコンベ(納骨堂)がある。葬り方として、公的儀式が済むと、骨は茶褐色の外観をした
カプツィーナー教会(Kapuzinerkirche)、心臓は先ほどの王宮内のアウグスティーナ教会、
そして心臓以外の内臓はこのシュテファン寺院に納めると決められていたらしい。
内部は、長さ107m、高さ39mの身廊を支える何本もの柱が、天井で美しいアーチを描いている。

シュテファン寺院の正面には、ハンス・ホライン設計の全面ガラス張りの「ハース・ハウス」が建っている。
そのモダンなデザインは寺院との新旧好対照を見せている、と言われているらしいが、個人的には微妙・・・。
ロンドンのように景観を邪魔しているというか、パリのように上手くアジャストしていない感じで、
ウィーン歴史地区として世界遺産に登録されているこの一帯の中心として考えると、ちょっと残念だった・・・。
       








では、ウィーンの郷土料理を。
ウィーンの伝統的家庭料理はバイスル(Beisl)と呼ばれる大衆食堂で頂くことができる。
フランスで言うところのビストロ(Bistro)やブラッスリー(Brasserie)、イタリアのトラットリア(Trattoria)のような
気軽に食事をしたり、ビールやワインなどが楽しめる居酒屋風の店で、街のどこにでもある。
シュテファン寺院界隈でふら~っと入って食べたのはこちら。

 Wiener Schnitzel vom Schwein (ウィーナー・シュニッツェル シュバイン)
   mit Kartoffelsalat (カルトッフェルザラート)

 豚肉のウィーン風カツレツにポテトサラダを添えて、
 といったところかな?(食べたり、後に単語を調べた感じだと)

シュニッツェルはウィーンの名物料理のひとつで、薄くのばした仔牛、牛肉、豚肉などにパン粉をつけて
たっぷりのバターで焼いたカツレツ風の料理。もとはイタリアのロンバルディア地方料理で、
「ラデツキー行進曲」で有名なラデツキー将軍が、当時オーストリア帝国領だったミラノの暴動を鎮圧に行き、
そこからウィーンへ持ち帰ったのがルーツだと言われている。
最初に見た時は、「デカっつ! 皿からはみ出てんじゃねーか!? 食べ切れるかな・・・。」と思ったけれど、
サクッとサッパリしてて重たくなく、脂もないのでもたれない。レモンを絞る程度で、変な味付けもされてなく美味い!
付け合せの万能ねぎがのったジャガイモはビネガーとフレンチ風味のドレッシングが効いていて、
シュニッツェルと一緒に食べると更に美味しい!! 病みつきになりそうな味で、食が進む進む。
家庭料理として親しまれているのが納得させられる、凝った料理という感じがしないところがいいね。


 Rostbrat Wuerstchen (ロストブラート・ヴュルストヒェン)
   mit Sauerkraut, Bratkartoffeln (ザワークラウト、ブラート・カルトッフェルン)
   und Senf (ゼンフ)

 焼きソーセージにキャベツの漬物と焼きジャガイモ、お好みでマスタードを、ってなもん?

濃密なソーセージは味付けがしっかりされ、ややしょっぱめだけれども、甘くてちょっぴりピリッとする
マスタードを付けて食べると非常に美味い!
ザワークラウトというドイツを中心に食用されているキャベツの漬物は、アクセントになるさっぱりした感じの
すっぱさがあるけれど、その酸味は乳酸発酵によるもので、酢は使われていないらしい。
ポテトはまぁ普通の味。
ビールを頼んだ愛方は「これ!この相乗効果! おびぃるが進むのなんの!」と満喫しておりました(笑)



定番なスイーツ、「ザッハー・トルテ(Sachertorte)」も味わいに行った。
ウィーンが世界に誇るチョコレートケーキは、かつてザッハーとデーメルの両家で商標をめぐる法廷闘争でより有名になった。
「甘い戦争」と言われ、文化人、歴史家、料理研究家などの証人も巻き込み、巷をにぎわせたらしい。

  1832年フランツ・ザッハーが考案したトルテが評判となり、「ザッハートルテ」の名で広まっていった。
  帝政末期時代、「ザッハー」のアンナ・マリア・ザッハーと「デーメル」のアンナ・デーメルの2人のアンナは
  互いの店を切り盛りし、彼女らは仲良しこよしだったという。
  1930年代にザッハーの経営が苦しくなった際に、アンナ・ザッハーはアンナ・デーメルに援助を頼んだ。
  アンナ・デーメルは「愛する友のために一肌脱ごうじゃないの! た・だ・し、うちでもザッハー・トルテ作っていいよね?
  嫌ならお手伝いするの、ど~しよっかな~。選択肢は1つしかないと思うけれどな~。」と、ちゃっかり援助の見返りとして
  デーメルでもザッハー・トルテを作る事をことを許可させたと言われている。
  まぁ言った言わないの世界か、この辺に両者の食い違いがあるらしいが・・・。
  後にザッハーの息子とデーメルの娘が結婚したことから、秘伝のレシピかデーメルに流出し、
  デーメルのザッハー・トルテが売り出された。第二次世界大戦が終わって、世の中が落ち着いた1952年頃から
  両家の間で「ザッハートルテ」の商標をめぐる争いが起き、ついには法廷にまで持ち込まれたんだと。
  で、評決は、「どっちが売ってもいいじゃん? Youたち、作っちゃいなよ! トムとジェリーみたく仲良く喧嘩しな。」(笑)


 この話を聞くと、元祖はザッハーという事になるんだろうけれど、
 ちゃっかり気質なデーメルが気に入ったので、
 王宮前のコールマルクト通りにあるデーメルの方へ足を運んだ。
 (日本でもデメルのチョコレートケーキは有名らしい)


ケーキはザッハー・トルテ(Demel's Sachertorte)とプンシュ・トルテ(Punschtorte)の2種類を注文し、
飲み物はアインシュペナー(Einspanner)とハウスカフェ(Hauskaffee)を。欧州には珍しく勝手に水が付いてきた。

ザッハー・トルテを食べた瞬間、なんかジャリっという食感が!? あれ?いたチョコ部分は砂糖菓子!?
そしてスポンジとの間にはアプリコットジャムが塗ってあり、驚愕するほどの甘さ! 思わず顔を歪めてしまった(笑)
ラム酒か赤ワイン、レモンやオレンジ、ブルーベリー、ラズベリー、水または茶など、全部で5種類の原料を
混ぜて作った熱い飲み物をプンシュというらしいが、それをケーキにしたプンシュ・トルテもまた、
異様に甘くて、スポンジだかカスタードだかがよく判らないほど口が完全に麻痺してしまった・・・。
そら~水を見て「ダンケ・シェーン」ってな気持ちになりましたよ。美味しいのは2口までですな(笑)

アインシュペナーは日本で言うところのウインナー・コーヒーで、モカに生クリームが乗り、グラスで出てきた。
ビターとスイートが口の中で大喧嘩を始め、もう限界よろしく・・・。生クリームが付いてきたハウスカフェを
生クリームは乗せずに濃いままのんで、ようやく落ち着きを取り戻した次第です。
甘いのが好きな人でも、ちょーっと多くの日本人には合わないんじゃないかな~というくらい甘かった。
味はともかく、都会のオアシスを感じられるようなカフェで、テラスは解放感があり、ゆったりと座り心地も良く、
オーストリアを出る直前のひと時を、リラックスした雰囲気にさせてくれた。
           








とりあえず、オーストリア・ウィーンの旅行記はここまでなんだが・・・。

「えっ!? 初めてのウィーンで、シェーンブルン宮殿(Schloss Schonbrunn)に行かなかったの? 愚か者め!」
などと言われそうだ(笑)  実際の話、「会議は踊る、されど進まず」な、フランス革命とナポレオン戦争終結後の
秩序再建と領土分割を目的としたウィーン議会が行なわれたところとしても有名なシェーンブルン宮殿には行かなかった。
まぁ、フランスのパリに行ってもヴェルサイユ宮殿には興味を示さずに足を運ばなかったヒネクレ者としては、
世間のシェーンブルン宮殿に相当するであろう俺にとっての名所であり、殿堂的な場所へ足を運んだワケでして・・・。


 エルンスト・ハッペルという方をご存知だろうか?

 代表50試合以上に出場し、監督としても代表を指揮した人物で
 オーストリア・サッカーの歴史上最も偉大と言われている。
 
 またクラブシーンではフェイエノールト(オランダ)とハンブルガーSV(西ドイツ)の
 異なる国の二つのクラブでビッグイヤーを獲得した唯一の監督でもある。

1992年に癌のため死亡した彼へのオマージュとして、プラター公園内にある
オーストリア最大の競技場、“プラター・シュタディオン(Prater Stadion)” を
“エルンスト・ハッペル・シュタディオン(Ernst Happel Stadion)” へ改名した。

そのスタジアムはUEFAの5つ星スタジアムであり、CUP時代も含めてCLでは過去に4回決勝戦が行なわれている。
64年の決勝はどんなか知らないけど、87年決勝ではポルトのマジェールがヒールキックを決めた場所であり、
90年決勝ではファンバステンのスルーパスからライカールトがゴールを決め、ミランが2連覇を決めた会場であり、
95年決勝ではアヤックスのクライファートが終了間際に劇的な決勝点を挙げ、ユニフォームを逆に着直し、
背番号と名前をアピールするパフォーマンスを見せたスタジアムでもある。
これらは小学生~高校生くらいの頃で、チャンピオンズ・リーグにどっぷり憧れていた時期だったので、
TV越しに伝わる『エルンスト・ハッペル』の雰囲気や光景に、「いつか行きたい!」という気持ちを持っていた。

ちなみに来年スイスとオーストリアの共催で行なわれる2008年ヨーロッパ選手権(EURO2008)の
決勝の舞台ともなっている(準決勝その他でも使用されるはず)。
早い話、ヨーロッパを代表するスタジアムの1つという事ですな。


では、ウィーン行きの最大の目的であった “エルンスト・ハッペル・シュタディオン” へのアクセス方法を。
ウィーン中心のシュテファン寺院から向かう場合。(来年のユーロ2008に行かれる方は参考にしちゃえば~)

地下鉄U1の“シュテファンスプラッツ:Stephansplatz”から“Leopoldau”行きに乗り、ドナウ運河とドナウ川の間に
位置する3駅目の駅 “プラターシュテルン:Praterstern”で下車する(“ウィーン北駅:Wien-Nord”との接続駅)。
地上へ上がり、トラム21番(Linie 21)の“Praterkai”行きに乗る。21番乗り場はSバーン?が通っている高架下。
右手に見える直径61mもの大観覧車リーゼンラート(Riesenrad)やプラター遊園地を眺め、
ガラス張りの見本市会場メッセ・ウィーン(MESSE WIEN)を横目に直線レールを進んで行くと、
トラム乗車から8つ目の駅となる “シュタディオン:Stadion”で、はい到着。
トラムから既に右手に見えているスタジアムが、まさしく “エルンスト・ハッペル・シュタディオン” とあいなります。
 ※ ユーロ2008に向けて、現在地下鉄U2が延長建設中。
   来年はそっちからもアクセス可能かと(トラムの地下を通る感じ?)。
         







 予想通り来年のユーロ開催に向けてスタジアムは工事中だった。
 恐ろしく広大なプラター公園内にあるだけあって、周囲を木が囲んでいる。
 外観は思いのほかシンプルというか飾りっ気がないけれど、
 色褪せ気味なコンクリート部分などに歴史を感じる。
 周辺には駐車場があったり、何面もの芝生のグラウンドがあったり。
 例によって色んな角度で写真を撮りながらスタジアム周りを歩いていった ―。
           






当ブログを前から読んで頂いている方は、ここら辺で予感しているだろうけれど、
今年もね、またね、やっちゃいましたとも!!
そりゃね、去年リヨンの“スタッド・ド・ジェルラン”でアメージングな体験をしたものとしては、
やはり欲ってものが出てくるもんですよ(笑)


ややキョロキョロしながら何らかのチャンスを伺っていると、
工事のクレーンがあるところの柵が空いているではないか!?

行けちゃうの? 行っちゃうよ!? 

その場にいた工事のおっちゃんに「中の写真を撮りたいんだけれど、入ってもいい?」と聞いたところ、
「迷わずゆけよ! 行けばわかるさ!」とばかりに、あっさりと了承してくれたっけ!!

もともと入れるはずなんてないと思っていて、たまたま声を掛けられ誘導されて入った1年前と、
「運が良ければ入れちゃう」という発想に変わり、自らその気で声を掛けサクッと入っていった今年。
去年のラッキーな出来事から、日本の常識を排除し、海外感覚を都合よくモノにしてる俺、バモス!!(笑)

外の階段を上がり、中に入るとそこは3階層のスタンドの3階席だった。
メインスタンドは赤、バックスタンドは緑、メイン右側のG裏は水色と黄色、メイン左側のG裏は青とオレンジに彩られ、
メインスタンドのシートには “ W I E N ” の文字、両側にはウィーンの州旗が浮かび上がっていた。
シートは自動折り畳み式で網状になっている。
屋根はスタンドのほぼ90%を覆い、その屋根に丸く切り取られたウィーンの空から差し込む陽の光が
ピッチ上に日と陰のクッキリとした美しいコントラストを作り出していた。

各階層はフェンスで仕切られているけれども、施錠されていない事もあり、内部も色んな角度で撮ってみる。
工事のおっちゃんたちも、時々手を休めて話しかけてきたり、カメラの事を聞いてきたり。
やっぱり欧州の、サッカーやスポーツが文化としてしっかり根付いている国の人たちはオープンだな~、
と、調子に乗ってピッチ・ゲートから入り直し、グラウンド・レベルに降り立って写真を撮っていたら、さすがに怒られた(笑)
バックスタンド2階席や対面ゴール裏3階席からも大声が響き、やっぱりこっちの人たちの声量は凄いな~、
歌声やブーイングの音量も半端じゃないしな~、と感心しながら、例によってピッチに一礼し、
“エルンスト・ハッペル・シュタディオン” を後にした ―。
 ※ その後、即刻ゲートが閉められちゃいましたとさっ!(苦笑)
           







愛方が “エルンスト・ハッペル・シュタディオン” の男子トイレ個室をこっそ~り拝借したってのは内緒(笑)


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  1. 2007/07/07(土) 20:30:54|
  2. サッカー観戦旅行他|
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ウィーン

オーストリアも街並みがきれいですね。
オーストリアハンガリー帝国の帝都だった
ということもあって、街並みに歴史を
感じさせますね。第一次大戦で帝国は
解体されてしまいますが、その遺産を
感じさせますね。

カツレツとソーセージ、ケーキうまそう
ですね。ウィンナーコーヒーは濃そう
ですね。生クリームをいれずに飲んだ
というのはわかりますわ。
  1. 2007/07/11(水) 00:06:12 |
  2. URL |
  3. Scudelia TOKYO #-
  4. [ 編集]

Re:ウィーン

>Scudelia TOKYOさん

オーストリアの街並みは上手く表現できないんですけれど、美しいというよりもホントにキレイという感じでした。
建造物の一つひとつの形や様式は美しいのですが、街全体を俯瞰した気持ちで見ると、
良くも悪くもキレイにまとまっていて、ある意味では面白みに欠ける部分もありました。
しかし、ハプスブルクの王家には、何か代々受け継がれる価値観というか、規律、統一性というものを感じたのも事実です。
歴史とその遺産は、俺みたいな異国からのよそ者には見るものというよりも感じるものなのかも知れません。

飯、ウマかったっすよ~!
カツレツはあんなに大きいのに食べやすくて、もう一枚イケる勢いがありました(笑)
ソーセージもまた、そのまま食べるのと付け合せで食べるのとで面白いように味が変化して楽しめました。
ケーキは・・・これ以上ないくらい甘くてかなり気持ち悪くなりました。水がなかったらと思うとゾッとします(笑)
  1. 2007/07/11(水) 23:15:21 |
  2. URL |
  3. TATSU@Author #TpXiG7qk
  4. [ 編集]

エルンスト・ハッペル・シュタディオンって、ラピド・ウィーンのホームスタジアム…ですよね?
以前CLでユヴェが対戦したとき、ライトアップされたプラター公園の大観覧車が映ったので印象に残ってて(あの観覧車、昔乗ったことあるんです)。すごくいい雰囲気のスタジアムって記憶が。

ところで、ザッハー・トルテは甘すぎて私も苦手なんですけど(^^;
私がウィーンに行ったときは現地在住の知人にデーメルにつれてってもらったんですが、彼女曰くザッハー・トルテを必ず食べたがるのは日本人ばかりだとのことで(<本当かどうかは実証されてません/笑)、敢えて別のケーキを選びました。んで、ザッハー・トルテ以外のケーキは、オーストリア滞在中デーメル以外でもいくつか食べたけど、少なくとも私が食べたものはどれも甘さ控えめでかなり美味しかったですよ~。と、何故かフォローw

その知人にも薦められた、ウィーン(というかオーストリア)の伝統的お菓子で1番の定番は、アップルシュトゥルーデルってやつです。皮がパリッとしてて中のりんごは酸味がほどよく効いてサクッとしてて、割とどこででも売ってて、店によっては温めたのとか冷やしたのとかアイス添えるとか選べて。庶民の味って感じでオススメです。いつかまた行くことがあればぜひ♪

私はシュニッツェル(カツレツ)を食べ損ねちゃってるので、次行くことがあれば絶対トライしたいです(´∀`)おいしそー。
  1. 2007/08/11(土) 16:07:36 |
  2. URL |
  3. Luka #.2MCFEQU
  4. [ 編集]

Re:

>Lukaさん

ラピッドウィーンのホームスタジアムはゲルハルト・ハナッピ・シュタディオン(Gerhard Hanappi Stadion)ですね。
ウィーンに行かれたことがあるとの事ですので、場所のイメージが沸くかも知れませんが、
地下鉄U4に乗ってシェーンブルンを越えて、終点のヒュッテルドルフ駅(Hutteldorf)が最寄駅になるかと思います。
行きはしませんでしたけれど、ウィーンに行く前に事前に調べてました(笑)
でも05年かな?確かにCLでユーベはエルンスト・ハッペルでラピド・ウィーンと試合しましたね。
確か消化試合にもかかわらず素晴らしい雰囲気で、でもユーベは空気を読まずにアレがスーパーなFK決めてた記憶があります。
エルンスト・ハッペルはナショナル・スタジアムのような雰囲気ですね。
その試合で使われた理由は知りませんが、まぁかつてリールがCLホームをスタッド・ド・フランスでやってたみたいな感じですかね。
あの観覧車に乗ったんですか? ウィーンでは高台で街を一望しなかったので、時間があれば観覧車に乗りたかったです。
観覧車からのエルンスト・ハッペルやドナウ川、ウィーンの街並みは景観でしょうね~、きっと。

フランスに行った時もそうでしたが、甘いものが好きな俺でも欧州のケーキは甘く濃厚で気持ち悪くなってしまいます(苦笑)
甘さ控えめなケーキ、Lukaさんがウィーンに行ったことがあるのを知ってたら聞いておきゃよかった。
お薦めで庶民の味というアップルシュトゥルーデルも、それこそまさに試したかったです・・・。

シュニッツェルは数種類食べ比べしたわけではないので外れもあるかも知れませんが、
日本のものより重たさがなく、大きいのにあっさり食べれてしまいます。
でも味は淡白でも希薄でもない、そして単純に美味しいので非常にお薦めです。
  1. 2007/08/12(日) 13:15:10 |
  2. URL |
  3. TATSU@Author #TpXiG7qk
  4. [ 編集]

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