色んな角度で蹴ってみる  ~白黒と青赤のある日常~





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07欧州旅行 ~中欧3ヶ国の旅~ vol.7

オランダ、ベルギーはまたの機会にという事で、ただ漠然とスイスには行きたいという愛方。
ロシアのサンクトペテルブルク行きを諦め、チェコのプラハだけは譲れないという俺。
双方の意向を考慮して、計画を企て(てか、90%は俺が。笑)、間にあるオーストリアのウィーンにも寄り、
6年連続進出を果たしたCL決勝旅行を卒業して中欧の3ヶ国を旅行する事となった07年。
最後に“完オチ”が待っていたことなど予想もせずに、今年もまたヨーロッパの初夏を満喫してきた。


第7弾 CESKA REPUBLIKA Praha  part1 】

ヨーロッパ大陸のほぼ中央に位置するチェコ共和国の首都で、同国最大都市であるプラハ。

7世紀、スラブ人がヴルタヴァ川(Vltava:ドイツ語ではモルダウ川)のほとりに定住した事からプラハの歴史は始まった。
10世紀にヴァーツラフ1世がボヘミアを統一し、初代ボヘミア王国の王となると、14世紀にはカレル1世が
新生ローマ帝国皇帝に選ばれ、ヨーロッパの歴史舞台に欠かせないほど、プラハは繁栄を極めた。
しかし、1415年のフス戦争の混乱により、ボヘミアはハプスブルク家の支配下におかれると、
民族の自由は次第に奪われていった・・・。
19世紀後半から民族運動が高まり、1918年に独立を迎えるも、第二次世界大戦後はソビエトの
支配下となる。その後、激動の時代を乗り越えて、1993年チェコスロバキアが解体し、
プラハを首都としてチェコ共和国が誕生した。

歴史の中で何度も侵略され、大国に抑え押え付けられながらも、美しい古都を守ってきたプラハとその市民。
ヨーロッパ最大の中世都市は今もその美しさは変わらず、「千年都市」と言われている。

また、美しい街並みにはあらゆる時代の建築物が混在し、「建築博物館の都」と形容され、
教会などの尖塔が多いことから「百塔の都」とも呼ばれている ―。






今旅の最終目的地であるプラハに向かって、ウィーン南駅(Wien Sudbahnhof)を出発した鉄道、
ユーロシティ(EC)はウィーン郊外の住宅地を抜けて、すぐに広大な田園地帯を突っ切って進んでいく。
1時間しないくらいでホーエナウ駅(Hohenau;オーストリア側の国境駅)に到着すると、
ここで鉄道クルーが各座席に歩いて周り、出国審査を行う。
チューリッヒからウィーンのユーロナイトと同様に、スタンプは飛行機ではなくもちろん列車マーク。
次のブジェツラフ駅(Breclav;チェコ側の国境駅)に着くと、同じ要領で今度は入国審査が行なわれる。
彼らは腰に何やら物騒なものを携えていたので、写真撮ったら軽~く、「何してんだ、あん!?」ってな
顔で睨まれちゃったっけ(笑) ともかく滞りなく無事に国境越えを果たした。
 (パスポート他に何か問題があったらどうなるんだろう? 強制下車で済まされるのかな?)
どこが国境だったのかはイマイチ判らなかったし、車窓から眺めるチェコの景色は、
オーストリアの風景と明確な違いを感じる事は出来なかったけれど、徐々に丘陵地帯や
農村地帯が広がり、次第に美しい田園地帯や錆びれた工業地帯が見えてくる。
そして駅や列車にタギング・チックな落書きが異様に増えていった(笑)
気が付くと車内アナウンスも3ヶ国語くらいに変わっていた。チェコ語は何を言っているのかさっぱり(苦笑)

ウィーンから出発して4時間が経過しただろうか。
集合住宅が一気に増え、小川の周囲はもちろん、丘や高台にも人が住んでいる風景に変わっていく。
すると列車から聞いたことのある音楽が流れ出した。

 ♪ ボヘミアの川よ~ ヴルタヴァ(モルダウ)よぉ~ 過ぎし日のごと 今もなお~

チェコ国民の魂を揺さぶるという、国民的作曲家ベドルジハ・スメタナ(Bedrich Smetana)の≪我が祖国≫、
その2曲目『ヴルタヴァ(モルダウ)』が、まもなくプラハ・ホレショヴィツェ駅(Praha-Holerovice)へ到着する
合図となり、ずっと行きたかったチェコ・プラハに対する期待と興奮で、テンションが上がっていくのが判った。
     







国境を越える電車が発着するには呆気にとられるほどローカル感溢れるホレショヴィツェ駅の
プラットホームだったけれど、ホームから駅構内へと進み、この旅3度目の通貨両替をする。
物価が高いスイスではスイスフランが飛ぶようになくなり、オーストリアはユーロの強さ(円の弱さ。
この5年で比較にならないほどに!)を痛感したけれど、チェコ・コルナやチェコの物価は
日本と比べても格段に安いという事なので、2泊3日で6,000円程度(ホテル代別)と想定し、両替を行なった。
 (実際は円からではなく、残っていたユーロからのチェンジ)
「ホテルは予約してるの?」「お薦めのホテルがあるわよ~」という勧誘を次々とかわし、
連絡するナードラジー・ホレショヴィツェ駅(Nadrazi Holesovice)で地下鉄C号線に乗り換え、
中心街へと移動を開始した。

ホテルの最寄り、カルロヴォ・ナームニェスティ駅(Karlovo Namesti)にへ着き、地上へ出て、
プラハの街に一歩足を踏み入れると、そこはスイスともオーストリアとも全く違う雰囲気が漂っていた。
いや、今まで行ったヨーロッパどの国の首都と比べても、石畳の道が最もゴツゴツしていて
信号機もチカチカと音を鳴らしてアナログな感じがし、モニュメントでも何でもないただの住宅群が
ただの建物には見えずに印象的で、発する色も趣きが異なる。

堪らんのですよ、この古都な街並みが!

際立った石畳のおかげで全く車輪が言うことを聞いてくれない重たいラゲージを引きずりながら、
それでも顔は笑い、心は躍っていた。
ホテルでチェックインを済ませ、部屋に入って窓を開けると、俺のプラハ入りを歓迎してくれているかのように
どこからともなく音楽が流れて、歌声も聴こえてくる・・・。
(単に近くの会館等で団体練習しているようだった、っていうのは内緒)

なんつー心地良さなんだ、プラハは!?



 早速ヴルタヴァ川沿いを歩きながら旧市街へ向かって歩いてみる。
 陽はやや傾きかけ、西日が強く眩しい。
 その逆光に浮かび上がるプラハ城のシルエットがとても幻想的で、
 光を反射させている川はゆるやかに流れ、時間の感覚を狂わせる。
 川があって、人が生活し始めて街になり、文明が生まれ、
 文化が出来上がり、それが風景となって訪れるものを魅了する ―。

ローマのテヴェレ川、フィレンツェのアルノ川、トリノのポー川、グラスゴーのクライド川、ロンドンのテムズ川、
デュッセルドルフのライン川、リヨンのソーヌ川とローヌ川、そしてパリのセーヌ川など、今までに見た川の
それぞれに美しさがあり、歩いて癒されたけれども、このヴルタヴァ川もまた、そのロケーションに感動し、
周囲の建物に圧倒され、辺りの人々に活力のようなものを感じてしまう。
川そのものは静寂なんだけれども、不思議な力を放ち続けているというか・・・。
いつもこの川と市民を見守っているスメタナの曲が、頭の中で何度もリフレインされていた。


ヴルタヴァ川に浮かぶ緑豊かなストジェレツキー島(Strelecky ostrov)と、その上に架かる
レギー橋(Most Legii)や、「チェコ人のための、チェコ語による舞台を」というスローガンで建設され、
国民の寄付で作られたチェコ文化復興のシンボル、国民劇場(Narodni Divadlo)を眺めながら
川沿いの道を歩いていると、気持ちのよい風がペトジーン公園のある対岸の小高い丘、
マラー・ストラナ(Mala Strana)の方から吹いてくる。

ボヘミアの川、そしてボヘミアの風 ―。

そこかしこにアントニーン・ドヴォルザークの≪チェコ組曲≫や≪スラブ舞曲≫が流れているように・・・。
学校帰りの学生や職場から家路に着く地元民が、それらを日常で当然の如く感じながら、トラムを乗り降りしている。
そ~いやー俺が小学生の時、登校時は≪ユーモレスク≫、下校時には≪交響曲第9番「新世界より」≫が
校内放送のBGMで使われてたっけ。やたら聴き覚えがある。
 (スメタナとドヴォルザークの極々一部の曲を知っているってだけで、実際クラシックの知識はかなり乏しい)
こんな贅沢な光景が当たり前になるって、どんな感覚なのだろうか・・・。
       







  
 プラハの2日目にバリバリ歩く予定だったので、
 到着日はゆっくりと空気を味わいながら散策した。
 陽が落ちていくのを眺め、完全に西の空へ沈んだ後、
 夜景を撮りに旧市街へ赴いた。
 オレンジ色の街灯と石畳の曲がりくねった道は
 技術が全くない俺でも出来映えを良くさせてくれる(苦笑)


旧市街と近場のレストランは地元民と観光客で溢れていたけれど、為末大選手にバッタリ会った以外は、
意外なことに日本人を見る事すらなく、完全にプラハの夜、古都の雰囲気を堪能させてもらった。
             







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  1. 2007/07/12(木) 23:47:07|
  2. サッカー観戦旅行他|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
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コメント

プラハ

プラハというのは前からきれいな
街だというのは聞いていたのですが
本当に素晴らしいですね。
写真を見ると街そのものが芸術
という感じですね。
  1. 2007/07/16(月) 00:10:15 |
  2. URL |
  3. Scudelia TOKYO #-
  4. [ 編集]

Re:プラハ

>Scudelia TOKYOさん

以前から行きたいと思っていた街でしたが、下調べで見た以上に素晴らしい街でした。
景色からクラシック音楽が流れているような感じなんですよ。

どこを写真として切り取ってみても芸術が付いて回る、そんな街ですね。
もちろん写真には写らない美しさも。
  1. 2007/07/17(火) 00:42:21 |
  2. URL |
  3. TATSU@Author #TpXiG7qk
  4. [ 編集]

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